まるで
羊水のような
あたたかい
ぬるま湯の中に浮かんでいる
目醒めのときは近いのだ
生誕のときは近いのだ
私は、もうすぐ
冷たい外に
身一つで
予感がするから
このあたたかくて
優しい海にもう少しだけ
守られていたい
できるだけ長く
浸っていたい
薄ぼんやりとした
意識の中で
どうか、
この夢が醒めるまでは、と
微睡みの中の
幼い祈り
私はまだ
瞳の開かぬ
赤子でいたいのだ
「夢が醒める前に」
あなたが好きだと気がついた
胸が高鳴る
鼓動が早まる
付き合うことになった
胸が高鳴る
頬が熱い
他の人と親しげにしているのを見た
胸が高鳴る
鼓動がうるさい
あの人あなたのお姉さんだったのね
胸が高鳴る
恥ずかしくて顔を隠した
プロポーズされた
胸が高鳴る
幸せだ
マリッジ・ブルーみたい
胸が高鳴る
不安なの
結婚した
胸が高鳴る
どんな未来が待ってるのかな
胸が高鳴る
胸が高鳴る
胸が高鳴る
浮気されてた
胸が高鳴る
血の気が下がる
言い訳
逆ギレ
嘘つき
裏切り
お別れした
胸は静かで
晴れやかだった
「胸が高鳴る」
あまりこういう風には使わない言葉だけど、プラスじゃない胸の高鳴りを書いてみたかったので
心って不条理だ。
アンタもそう思わない?
心が家だとしたら、
クソほど仲の悪い
理性さんと感情さんが
ギスギスしながら住んでいる。
ふたりはよく喧嘩するし、
騒ぐし、散らかす。
他の同居人に迷惑かけるなんて
しょっちゅうだよね。
たまに結託するけどまァ大体仲が悪い。
たぶん住み心地はよくないだろうなァ。
でもふたりが居ないと家賃払えないの。
悲しいね。
そんで、話を戻して
理性と感情の争いだけど、
なんだかんだ自分に言い訳して
大体の場合感情が勝つんだ。
しかもそれを
「ご注文の理性でございます」
みたいにすました顔で出してくんの。
変なの。
でも人間だし、動物だし、
生きてるんだから仕方ないのかもね。
「不条理」
泣かないよ
泣いたってなんの意味もないもの
なんでそんな悲しいこと言うの。
そんなふうに閉じ込めないでよ。
あなたの悲しみも、怒りも、
悔しさも、辛さも、
みんな意味が無いなんて、
あなたの意志表示に意味が無いなんて
そんな悲しいこと。
泣いたって、その涙を、心を
全部ぜんぶ足蹴にされて、
ぐちゃぐちゃに踏みにじられるんだもの
疲れちゃうでしょ
いやだ。
そんな奴より僕を見て。
ちゃんと拾うよ、
全部抱き上げて抱きしめて、
沢山たくさん慈しむから。
真正面から受け止めるから。
だから、頼むよ、お願いだから、
伝えることを諦めないで。
「泣かないよ」
こわい、こわいと悪夢に怯えて泣く
我が子を抱えて軽く揺すりながら
リビングへ向かう。
繊細で、臆病で、
怖がりなところのある彼女は
悪夢を見ては寝ぼけて泣いて、
パニックを起こすことがよくあった。
電気をつけて、テレビもつける。
怖いものは無いと、
ほらごらん、あの人も笑ってるでしょうなんて
ワイプに映る芸能人を指差してやる。
暫く彼女はぐずっては、
くろいもじゃもじゃのしとが、とか
へんなのののがね、とか
もぞもぞ言って
まろい頬を涙で濡らした。
そんな彼女の背中をさすり
ゆらゆら揺すって抱いていれば、
漸く目が覚めてきたのか
テレビに目が釘付けになった。
ゆぅちゃ、すまほみたいの。ゆーちゅーぶは?
もうねんねの時間だから、
スマホさんもねんねしてるの。
手っ取り早く目覚めさせるために
大きく明るいテレビをつけたが
現代っ子の彼女は文句を言う。
けれどもやっぱり、
まだまだちいさいおひめさまは
こくり、こくりと船を漕ぎ出した。
テレビと電気を消して、寝室に戻る。
あたたかくて、ちいさくて、
何よりもかわいい、私のこども。
いつか、彼女が大人になって
家を出る日が来るのかな。
好きな人、連れてくる時が来るのかもしれない。
どんな美しいひとに育つのかしら。
それまで、ずっと、ずっと
私、ちゃんと、親でいられる?
守り、育てられるくらい、強くあれる?
もしも、私が病に倒れたら。
もしも、この子をおいて死んでしまったら。
眠る彼女の背に手を添えて
生きている証のぬくもりを感じて。
影のように付きまとう不安が
色を増した。
本当に怖がりなのは、
きっと大人の、
いいえ、私の方だった。
「怖がり」