泣かないよ
泣いたってなんの意味もないもの
なんでそんな悲しいこと言うの。
そんなふうに閉じ込めないでよ。
あなたの悲しみも、怒りも、
悔しさも、辛さも、
みんな意味が無いなんて、
あなたの意志表示に意味が無いなんて
そんな悲しいこと。
泣いたって、その涙を、心を
全部ぜんぶ足蹴にされて、
ぐちゃぐちゃに踏みにじられるんだもの
疲れちゃうでしょ
いやだ。
そんな奴より僕を見て。
ちゃんと拾うよ、
全部抱き上げて抱きしめて、
沢山たくさん慈しむから。
真正面から受け止めるから。
だから、頼むよ、お願いだから、
伝えることを諦めないで。
「泣かないよ」
こわい、こわいと悪夢に怯えて泣く
我が子を抱えて軽く揺すりながら
リビングへ向かう。
繊細で、臆病で、
怖がりなところのある彼女は
悪夢を見ては寝ぼけて泣いて、
パニックを起こすことがよくあった。
電気をつけて、テレビもつける。
怖いものは無いと、
ほらごらん、あの人も笑ってるでしょうなんて
ワイプに映る芸能人を指差してやる。
暫く彼女はぐずっては、
くろいもじゃもじゃのしとが、とか
へんなのののがね、とか
もぞもぞ言って
まろい頬を涙で濡らした。
そんな彼女の背中をさすり
ゆらゆら揺すって抱いていれば、
漸く目が覚めてきたのか
テレビに目が釘付けになった。
ゆぅちゃ、すまほみたいの。ゆーちゅーぶは?
もうねんねの時間だから、
スマホさんもねんねしてるの。
手っ取り早く目覚めさせるために
大きく明るいテレビをつけたが
現代っ子の彼女は文句を言う。
けれどもやっぱり、
まだまだちいさいおひめさまは
こくり、こくりと船を漕ぎ出した。
テレビと電気を消して、寝室に戻る。
あたたかくて、ちいさくて、
何よりもかわいい、私のこども。
いつか、彼女が大人になって
家を出る日が来るのかな。
好きな人、連れてくる時が来るのかもしれない。
どんな美しいひとに育つのかしら。
それまで、ずっと、ずっと
私、ちゃんと、親でいられる?
守り、育てられるくらい、強くあれる?
もしも、私が病に倒れたら。
もしも、この子をおいて死んでしまったら。
眠る彼女の背に手を添えて
生きている証のぬくもりを感じて。
影のように付きまとう不安が
色を増した。
本当に怖がりなのは、
きっと大人の、
いいえ、私の方だった。
「怖がり」
それは瞬きをする度に
星が溢れる様を幻視するほど
銀河のような
煌めきを孕む
どこまでも深い
宇宙を抱く瞳
「星が溢れる」
さよならの時が近付いている
真っ白な部屋、真っ白なシーツ
消毒液の香りと
死がもうすぐ側にいる人のにおい
もう、ベッドの力を借りても体を起こせない
シワシワの冷たい手を握って
握り返すその力に驚く
沢山の愛、沢山の時間
山のように降り積もった
大切な思い出の数々
寂しくて寂しくて、
家族みんなで、どうか長生きしてと泣いて
あなたには辛いだろう、延命を続けている
もう、本人の口からは聞けない同意
それでも顔を見つめれば
もうよく動かない筋肉を
めいいっぱい使って笑ってくれて
その力強い瞳で、見つめ返してくれる
強烈な程に、知性と年月を感じさせる
強いつよい瞳
そして、瞬きをゆっくりする
再びその眼が開いた時には
春の日の縁側みたいな、
あたたかくて、安らかな瞳に変わっていた
慈しむような、
大丈夫だから、そんな顔しないで、と
そう語り掛けてくるようなまなざし
瞳だけで全てを語れるようなあなた
私を慈しんで、無償の愛をくれたあなた
ずっとずっと見守っていてほしくて
どうかどうか居なくならないでほしくて
でももう、とっくに決めてたんだね
ぎゅうっと握った手を
強くつよく握りしめて
頬ずりして
笑顔で
またね、と
「安らかな瞳」
見られてる。
今日はテレワークの日で
机にノートPC置いて
ひたすらカタカタカタカタ。
ちょっとコーヒーでも飲もうかしら、って
席を立とうと横を見たら
見てる!見てる!!
ジト目のねこが!!!
集中していたものだから、
あなた、いつ来たのか知らないけども。
そんな親の仇みたいに私のPC睨まないでよ。
私を睨んでって言ってる訳でもないのよ。
まあまあ、それでもとりあえず、
コーヒー入れて戻りましょうか。
椅子に座って、コーヒー隣に置い、置い、
ねこ!!!
あなた、ずっと隣にいる気なの!?
コーヒーぐらい置かせてよ。
なんか臭いお湯飲んでる、って顔、しないで。
そう、場所を譲る気、全くないのね。
わかった、わかった。反対側に置きましょう。
ひと息ついて、ふー。
さてさて、続きをやりますか。
はてさてやっとひと区切り。
あちこちバキバキいってるみたい。
眼鏡を置いて、肩をぐるぐる、顔をもみもみ。
ちょっとコーヒー、飲もうかな。
もふっ
あら、そうだ、コーヒーは反対側に置いたのだった。
まだ居たのね、あなた。飽きないの?
ずーっと睨んでいるけれど、
ずっと、隣にいてくれる。
ずっと、隣で見ていてくれる。
優しいね、いいこだね、
うんとうーんと長生きしてね。
これが終わったら
一緒におやつでも食べようか。
あら、もう行くの?
え、そっちって、あ。
今じゃないの!おやつは今じゃないのよ!!
ああ、2回も言っちゃった。
こういう時だけ速いんだから。
特別だよ、一つだけね。
そうしたらまた、私のお仕事、隣で見ててね。
もう!一つだけって言ったでしょ!
「ずっと隣で」