さよならの時が近付いている
真っ白な部屋、真っ白なシーツ
消毒液の香りと
死がもうすぐ側にいる人のにおい
もう、ベッドの力を借りても体を起こせない
シワシワの冷たい手を握って
握り返すその力に驚く
沢山の愛、沢山の時間
山のように降り積もった
大切な思い出の数々
寂しくて寂しくて、
家族みんなで、どうか長生きしてと泣いて
あなたには辛いだろう、延命を続けている
もう、本人の口からは聞けない同意
それでも顔を見つめれば
もうよく動かない筋肉を
めいいっぱい使って笑ってくれて
その力強い瞳で、見つめ返してくれる
強烈な程に、知性と年月を感じさせる
強いつよい瞳
そして、瞬きをゆっくりする
再びその眼が開いた時には
春の日の縁側みたいな、
あたたかくて、安らかな瞳に変わっていた
慈しむような、
大丈夫だから、そんな顔しないで、と
そう語り掛けてくるようなまなざし
瞳だけで全てを語れるようなあなた
私を慈しんで、無償の愛をくれたあなた
ずっとずっと見守っていてほしくて
どうかどうか居なくならないでほしくて
でももう、とっくに決めてたんだね
ぎゅうっと握った手を
強くつよく握りしめて
頬ずりして
笑顔で
またね、と
「安らかな瞳」
3/14/2024, 5:23:49 PM