努力をしても実らない。
そう思っていた、あの子と会うまでは。
猛暑日のような残暑が続いていた日々から一変。
気温が急降下して、秋の本番になったあの日。
君は季節外れの春色の服で僕の前に現れた。
いつものように路上ライブをしていた僕には
その日も立ち止まってくれる人は、数えられるほど。
東京という偉大なこの場所に僕の歌は合わないんだと
自分の未熟さを改めて知らされた。
一曲終えると数少ない観客の中で
一人だけ大げさな拍手をする女の子がいた。
中学生くらいだろうか。
肌寒い季節になったのに春らしい色合いの薄着でこちらを見ている。
最後の曲が終わるまでずっと聴いてくれていたのは、
彼女だけだった。
片付けていると彼女は声をかけてくれた。
いや、ノートを差し出しきた。
そこには
「いつも素敵な曲なので聞き入ってます。私は、話すことが苦手で筆談しかできないんです。それでも、伝えたくて」
と書きかけてあった。
僕はノートを借りて、ありがとうと書いた。
すると彼女は真剣な眼差しでノートに書いた。
「貴方には音楽に関する才能があると私は思います。
このままここで披露するだけではもったいない。
私の父は小さなレコード会社を経営しています。
貴方の曲をこっそり父に聴かせたところ、ぜひ会いたいと言ってくれました」
僕はその文章が何かのドラマのセリフかと疑うくらい信じられなかった。
「嘘だよね?」
僕は思わず声を出して訊ねる。
彼女は首を横に振る。
そして僕は彼女に連れられて彼女の父が経営するそのレコード会社に行ってみた。
「君が未月が言っていた子か」
「はい」
「ここで今から歌ってくれ」
僕は戸惑いながらもギターを取り出してあの曲を歌った。
何度も推こうした歌詞と何度も書き直した譜面。
うまく曲の性格に合わせようと何度も音程を模索したあの曲を。
彼女の父、晴文さんによって僕は晴れてメジャーデビューをした。
それが今までにない最高の奇跡だった。
しかし、その晴れ舞台も長くは続かなかった。
同じレーベルに所属しているバンドのボーカルが飲酒運転で事故を起こしたのだ。
そのせいで社長の晴文さんは社長の座を退いた。
代わりに副社長だった晴文さんの親友が社長になった。
新社長の羽崎さんは前社長と経営方針がうまく噛み合ってなかった。
だから、僕が前社長に気に入られて所属したのが気に食わず、僕はレコード会社から追い出された。
断腸な思いで僕は自暴自棄になった。
心配して家にきてくれたあの子に対して冷たく当たり、泣かせてしまった。
せめてもう一度だけ、羽崎社長に僕の曲を聞いてもらえないか。
もし許されるなら、あの子にも恩返しをしたい。
努力は実ると教えてくれたあの子に。
せめてもう一度でいいから、
神様から奇跡という言葉をいただきたい。
あんなに楽しみにしていた文化祭も
終盤に差し掛かって
空も夕暮れ空をみせてきた頃。
クオリティの高いお化け屋敷にしようと
昨日までクラスのみんなで粘った。
本番の今日は予想以上のお客さんが
『貞子の眠る部屋』に訪問してくれた。
貞子役のクラスの陰キャな沢奈さんは
誰よりもリアリティに演じていた。
まるで貞子が沢奈さんの中にいるみたいに。
最後のお客さんを楽しませてお化け屋敷は幕を閉じた
友達と片付けをしながら
お互いのメイクが残っているのを見て笑い合う。
そして、たそがれながら
今日がこの高校で一年目の文化祭だと思うと
それで急に涙が溢れた。
「なんで泣いてるの?」
「あのね、私。初めてだった、こんな楽しい文化祭。
また来年もこのメンバーでやりたいよね。
お化け屋敷ではなくてもいいから、
『唯一無二の思い出』をお客さんにも届けたい」
「できるよ。クラス替えでメンバーが変わっても、
思い出はいつだって新しい絵の具で塗り替えられる。
そして、また唯一無二の催し物が見つかるよ」
毎日が同じことの繰り返しでも
昨日と今日では違う点がいくつもある。
ポジティブなこともマイナスなことも。
きっと明日も何かが変わる。
それがマイナスなことだとしても
楽しいことを記憶に刻めばいい。
不安という言葉ばかりに惑わされていたら
悪い方向に君の人生は進んでしまう。
だから、勇気を出して。
きっと明日も
誰かを笑わせられる君がいるよ。
そう教えてくれた、
多くの障害者に希望を与えている恩師は
私にとっての道標。
誰もいない部屋の中で音のないピアノを弾く。
想像の音階でメロディを脳に描いていく。
なぜ音が出ないのか。
その理由はただ一つ。
この部屋の音は全てあのぬいぐるみが吸収してるから
あの謎のキャラクターのぬいぐるみの眼には
音を集約する力がある。
目覚めたらこの部屋にいた私には
ここにいる理由がわからない。
ただ一つ分かっているのは
あのぬいぐるみは
大好きな亡き恋人の形見だということ。
最後のデートだと分かっていたなら
別れ際にキスをしたかった。
最後の思い出を最高にするには
君の好きなカフェラテの味のキスで幕を閉じるのが
最適だと思った。
だけど、もう遅いかな。
僕たちはもう会えない。
なぜなら、君は僕の知らない街に行ってしまったから。
もう一度会えたら言いたい。
「僕にとって一番最高の言葉をくれたのは君だよ。
『外見以上に貴方の心は男らしいよ』
なんて言ってくれた人は後にも先にもいないから」