「置いて行ったりしないから」
よちよち歩きしていた頃から一緒にいたから、今さら離れるなんて思わなかった。
「泣き過ぎ!」
そう言う彼女も、今にも泣き出しそうだ。
「だ、だってさぁ……」
「もー。なんであんたが泣くわけぇ……」
「うう……情けねー、俺……」
「まぁ、今さらだけどね」
「……うう」
志望校に合格した彼女にお祝いの言葉を言おうとしたら、涙が溢れて止まらなくなってしまった。
物心つく前から一緒にいるから、今まで散々みっともない姿を晒してきたが……
「たった四年じゃないの」
「四年もだぞ!」
県外の大学への進学が決まった彼女と、県内の大学を志望する俺。
初めて離れ離れになる。
俺は将来やりたいことが定まっていない。大卒というステータスを得るためだけに大学に行こうとしている。
それに対して、彼女には夢がある。真っ直ぐにその夢を追う彼女に対して、置いていかれてしまうのではないかと不安なのだ。
「大丈夫、置いて行ったりしないから」
彼女の唇が頬に触れる。
「私だって、ずっと一緒にいたいんだよ」
眉を下げて微笑む彼女の頬を、一筋の涙が流れた。
────君と一緒に
「新年は、眩しい」
朝食と昼食を兼ねた、お雑煮とおせち。
二年参りしたけれど、別のところに初詣に行きたい気分になった。
カーテンを開けると澄んだ青空。
この辺りの冬は、どんよりとした日が多い。
元日だということもあって、清々しい気分が増しているのかもしれない。
正午過ぎに家を出ると、予想していたよりも空気が冷たく感じられた。
雲ひとつない空。
冬の澄んだ空気。
雪を冠る山。
新年は、眩しい。
諦められなかった恋を断ち切る──昨日までは何故か出来なかった。出来ないと思っていた。
でも、今は……
「新しい恋、してもいいかも……」
────冬晴れ
「禁じ手だと、わかっていても」
『婚活で会う人にはね、あなたにとっての幸せって何ですかって訊くようにしていたの』
三年前に結婚し、現在育児中の友人の台詞を思い出す。
この言葉を聞いた当時はまだ、自分が婚活するなんて思ってもいなかった。
「君にとっての幸せって、どういうものだと思う?」
目の前にいるのは、マッチングアプリで知り合った、初めて対面する男性。
「あなたはどうなんです?」
質問に質問返しは禁じ手だけど、出方を見たい。
私の回答で今後の展開が決まるなら尚更。
初対面で一番最初に訊くのは、合理的過ぎやしませんかねぇ……と思いながら。
────幸せとは
「夜明けなんて来なければいい」
『あけおめー』
『今年もよろしく』
真夜中のチャットルームは年中無休。
『新しい年になることのどこがおめでとうなんだろうね』
『それな』
『新年の雰囲気、苦手』
『わかる』
今年もこんな感じなのだろうか。
昼夜が逆転した生活。
画面越しの会話しかしない日々。
あえて言わない、言えないこと。
踏み込まない、踏み込まれたくないこと。
抱えている内容は違えど、触れたくない、触れられないのは同じ。
冷静に状況を見ている、もうひとりの自分。そいつに押しつぶされそうになっていることも。
明けない夜は無い──人に言われたくないフレーズのひとつ。
だけど、自らそう言えるようになったら、夜明けは近い。
だけど本当は、夜明けなんて来なければいいと思ってる。
────日の出
「平穏な日々は見えない奇跡」
人混みが苦手なので、初詣は日の出前の時間帯を狙う。
鳥居の近くでは夜通しウロウロしていたであろう集団が騒いでいる。
普段はこの時間に誰もお参りしてないんだろうなぁと思うと不思議な感じ。
ただ新しい年になっただけなのに、すべてが新しくなる気がする。
御守りをお返しして、本殿に昨年護っていただいたお礼を伝える。
昨年は厄年かと思う程、散々なことばかりの一年だった。
勤め先の小売店が閉店して無職になり、その後再就職した会社はブラックで、逃げるように即退職。
その上、学生時代からの友人に彼氏を寝取られたり、轢き逃げの被害に遭ったり、感染症にも罹ってしまった。
あれだけ病院のお世話になったというのに、入院する程の事態にならなかったのは幸運と言えるかもしれない。
どうにか晩秋に再就職もできた。今の職場はブラックではないと思う。たぶん……
抱負なんて大袈裟なものは思い浮かばない。
ただ、平穏な日々を送りたい。
今、当たり前だと思っていることが、ずっと続いていくこと。
それがどんなに難しいことか。
お参りを終えて鳥居から出ると、東の空が明るくなっていた。
────今年の抱負