「月明かり 夜の砂浜 誘う君」
「夜の海って、なんかよくね?」
「そうかなぁ。私は怖いけど」
「えー。もっと近くに行こうよ」
「だめだめ。絶対行かないから」
臨海学校の最後の夜は、ビーチが見える場所でのバーベキュー。
「危ないから夜の海には絶対入らないように!」と言われているし、そもそも私は海がそれほど好きではないのだ。
波はあまりにも強引で、どこか別の世界へ連れて行かれそうで……
「そんなこと言うなって」
私の手を引いて海の方へ行こうとする幼馴染。
「嫌だってば!」
「……そんな嫌かよ」
不機嫌さを隠そうともせず、への字に口を結んでいる。
いや、不機嫌になりたいのはこっちだよ。
旅行初日からの言動のおかしさを指摘してやると、彼は頭を抱えだした。
「マジか……」
「ほんと、どうしたの」
「いや、だって……俺ら、付き合って、もう一カ月じゃんか」
「うん。それが?」
「だ、だから、そろそろいいかなーあ、なんて……」
「だから、なにが?」
「な、なにがって、その……」
「……」
「……な、なんでもねーよ!」
勢いよく顔を逸らしてるけど、薄暗いなかでもわかるほど真っ赤なのがわかる。
キスしたいなら、はっきりそう言えばいいのに。
────夜の海
「夏休み終わる間際の現実逃避」
「だからさぁ、チャリ通って青春って感じで憧れるわけよ」
「いや、わからん」
「夕暮れのなか、女子を後ろに乗せて……」
「いつの時代の漫画とかアニメだよ」
「自転車の二人乗りは禁止だぞ」
「そこをなんとか!」
「なんともならん!」
夏休み終了間近。
昼下がりのファミレス。
ダラダラと近況報告したり、どうでもいい話をしている、かつての仲良し四人組。
進学した高校は各自バラバラだ。
「そういうもんかね」
「バイク禁止なのは、わかる。だけど自転車通学も禁止って、ありえなくね?」
「そりゃ、お前の学校、あの立地なら仕方ねぇだろ」
「あー、郊外どころかほぼ山だからな」
「でも、バス通はバス通なりに良いことあるだろ。ほら、毎朝あのバス停で降りるあの子は私立のお嬢様学校の……みたいな」
「スクールバスだから他校生乗ってねーよ」
いや、朝のスクールバスで、ちょっといいなぁと思う子はいるんだ。うん……
ただ、その子、いつも男と一緒にいるんだよな。
妙に距離近いし、あれ絶対彼氏だろ……
こんなこと、こいつらには言えないし。
あぁ、明後日から学校か……。
────自転車に乗って
「『恋はストレス』だと友人が言った。」
もうこの恋は、やめてしまおう。
そう思っても、貴方は放してくれないのでしょう。
好きになったのは、貴方の方が先だったのに、いつの間にか、私の方の想いが大きくなってしまったみたい。
期待なんかしてなかったのに。
想像以上のことをしてくれる貴方に絆された結果がこれだ。
だから、簡単に心を許さなかったというのに。
私を鳥籠に入れた貴方は、鍵をかけて出かけてしまう。しかも何日も。
「恋はストレス」だと友人が言った。
その時には「どんな好きな人でも、ずっと一緒にいると息が詰まるってことかな」などと考えていたけれど、そうではなかったのだ。
────心の健康
「海を超えて」
『故郷のイントネーションが抜けないその君の話し方は、まるで小鳥が歌うようだね』
彼はそう言って目を細めた。
どんなに努力しても外国語は完璧に身につかないと思い知らされる一言。
だが、それが口説き文句だということを知ったのは、夢を諦めて故郷へ帰ったあとだった。
『君の生まれた町を見てみたいと思ったんだ』
突然の来訪。驚くほど少ない荷物。
あぁ、そうだ。彼はこういう人だった。
『もう一度、チャレンジしないか』
『もうあの夢は終わったの。今は別のことをしてるし、それにやりがいを感じてるから』
それになにより、離れて気付いてしまったのだ。
なんだかんだで、私はこの町が好きなのだということに。
この町で、ここで出来ることのなかでの最大のことをしてみよう。
そう思えるまでに、やっと気持ちが落ち着いてきたのだ。
だから、彼のその先の言葉は聞きたくなかったのに。
────君の奏でる音楽
「迎え火」
ずっと捨てることが出来なくて、上京するときの荷物にそれを入れてしまったのがいけなかった。
東京のジメジメとした梅雨と夏で、カビが生えてしまったのだ。
頑張ってカビを取り除こうとしたけど、結局全部取りきることは出来なかった。
しかし、あちらで捨てるのは抵抗がある。
だから帰省する際に荷物に入れたのだ。
かんばを焚く。
この辺りでの、お盆の風習だ。
じーさん ばーさん
このあかりで おいで おいで
迎え火と独特の香りに、歌う。
日中、それなりに暑くなるものの、日が傾き始めると気温が下がり、吹く風もひんやりとしている。
東京の大学に進学したのは、この町では見ることが出来ない違うものを見たいからだとか、視野を広げるためだとか、言っているけれど、本当はあの子との思い出しかない町に住み続けるのが辛かったから。
同い年で気が合ったから、ずっと一緒だった幼馴染の女の子。
ある年の夏、お揃いで買ってもらった麦わら帽子をこっそりと交換した。
なぜそんなことをしたのかは覚えていない。
でも、交換したことがお互いの家族にバレていないことが楽しかったのは覚えている。
いつの間にかサイズが合わなくなったけど、麦わら帽子を捨てることはできなかった。
それはきっと、あの子も同じだったのだと思う。
「ねぇ、今年は帰ってくるの?」
こんな時、どんなに仲が良かったとしても所詮は他人なのだと思い知らされる。
本当の姉妹だったらよかったのに。
家族だったらよかったのに。
じーさん ばーさん
このあかりで おいで おいで
「このあかりで……」
あの子の名前をこっそりと呟く。
「おいで、おいで……」
視界の端に何か白いものを捉えたけれど、視線を向けたら消えてしまうような気がした。
────麦わら帽子