「この世界でふたりきり」
多くの人が眠っている時間は落ち着く。
世界でたったひとり。
時計の秒針。
パソコンの稼働音。
キーボードを叩く音。
マウスをクリックする音。
時々聞こえてくる、暴走するバイクの音や救急車のサイレン。
多くの人が勉強したり仕事をしている時間に、雨戸を閉めた部屋で毛布をかぶっている私。
罪悪感に苛まれる昼間。
だけど、私は多くの人が眠っている時間に起きている。
背徳感と優越感の間。
こんな生活、もうやめるべきだとわかっているのに。
彼がログインした音に心臓が跳ねる。
この世界でふたりきりになる時間を手放す覚悟は、まだ出来ない。
────真夜中
「天にも昂る心地」
「俺、単純だからさ」
そう言って、君にキスを強請る。
一瞬、呆れたような表情をしつつも頬に口付けてくれる君は、いい彼女だ。
「今なら俺、なんだって出来る気がする。空も飛べるかも」
「やる気出たのはいいけど、危ないことはやめてね」
「しねーよ」
「はいはい、いいから続きしよ」
「キスの……?」
「な、なんでそうなるわけ?勉強にきまってるでしょ!」
「お、おう……」
もともと俺の成績はあまり良い方ではなかったが、ここ数ヶ月、成就した恋にうつつを抜かしてしまい……
その結果、今度の試験の結果次第では交際に反対すると母親に言われてしまったのだ。
「目指せ、学年一位!」
「目標、高過ぎじゃない?」
────愛があれば何でもできる?
「今さら気がつくなんて」
言葉にしなくてもわかっているはずだと、思っていた。
君が本当に欲しいものは何だったのか。
俺はいつも勘違いしていて、ズレたものを贈っていたみたいだ。
言葉にしなくても、君ならわかってると思っていた。
信じているから、信じてくれていると思うなんて。
信じているのなら、きちんとそれを伝えなくてはならない。
君が欲しかったのは、高価なものなんかじゃなかった。
こんな簡単なことに、君がいなくなってから気がつくなんて……
────後悔
「ゴール」
みっともないくらい色々なことに逆らっても、ろくなことにならない。
少なくとも、俺の場合は。
ゆるゆると流れるように、たどり着くのもまた運命だと思う。
遠回りだとしても、ゴールは同じだと信じたい。
「つまり、何が言いたいわけ?」
あなたの話は長いのよ。
そう言いたそうな君を焦らす。
さすがにこの先のセリフは、追いアルコールしないと小っ恥ずかしい。
「結局、俺たちはこうなる運命だった、ってことだよ」
出会って、付き合って、別れて、数年後また出会って……
「だから、そろそろ婚姻届書かないか?」
────風に身をまかせ
「好きだったひと」
諦められなかった三年間。
会うのが怖い一方で、数十秒でも会いたかった。
あの子を見るあなたの視線に、胸を痛めるとわかっているのに。
あなたの想いが叶わないことが苦しい。
そして、私の想いも叶わないと思い知る。
それの繰り返し。
前進しない恋の連鎖。
諦めれば楽になれるとわかっていたのに。
やっぱり私とあなたは似ている。
諦めが悪いところさえも。
このままではいけないと、会わないと決めて、忙しいふりをして、物理的に距離を取った。
忙しいふりが本当の忙しさに変わり、気がついたら季節が巡り数年。
あなたのことを考える暇なんて無くなってしまった。
ちらりと覗いたSNSで、近況を知った。
あなたはあの頃のまま。
あなたは今でもあの子のことを見ている。
私が捨てたあの頃の気持ちを今でも持っているあなたが、眩しい。
どうか、あなたの想いが届きますように。
────失われた時間