「忘れてもいいから」
生まれて間もない頃から数年。
自分の子供ではないけれど、自分の子供のように育ててきた。
明日でお別れだ。
まだ幼いから、きっと私のことなど忘れてしまうだろう。
私とは本当の親子ではないことを、この子は知っている。
そして、本当のお父さんとお母さんを求めていることも。
正直言って、本当の親に返したくはない。
あの人たちなんかより、私の方がこの子を愛してると思う。
だけど、この子が血の繋がりのある親を望むのなら……
どうかこの子が自分らしく幸せに生きていけますように。
どうか、どうか、あの人たちがちゃんと親としての愛を注いでくれますように。
どうか、どうか幸せになって。
私のことを忘れてもいいから。
────流れ星に願いを
「遠距離恋愛の三つのルール」
一言でもいいから一日に一度は連絡すること。
何かあったら遠慮せず相談すること。
絶対に自分たちは大丈夫だと信じること。
遠距離恋愛開始と同時に決めた三つのルール。
遠距離恋愛が終わって、戸籍をひとつにしてからも、そのルールは継続中だ。
そして、俺たちの話を聞いた娘もまた、遠距離恋愛中のルールを定めた。
色々あったようだが、その遠距離恋愛も、もうすぐ終わる。
婚姻届の証人欄に記入して呟く。
「ほら、大丈夫だっただろ」
────ルール
「いつものバス」
変な寝癖が直らなくて、憂鬱な朝。
いつもの時間、いつものバスであの人を見かける。
いつもなら、一瞬だけでいいからこっちを見てほしいと思うけど、今朝は見ないで、と思う。
わたしのちっぽけな願いは、いつも叶わない。
なんで今日に限って目が合うかな……
顔を逸らし、髪に触れる。
名も学年も知らぬあの人。
知っているのは、あの学校の生徒だということだけ。
灰色の厚い雲。
一箇所だけ切れていて、青い空が見えている。
────今日の心模様
「君を奪いたくても」
好きになる順番とか、理由とか、そんなこと考えたこともなかった。
気がつくと、それは棲みついていて根を張っていたから。
出会ってしまったこと、それが原因だったのかもしれない。
子供の頃に出会っていたとしても、きっと好きになっていたと思う。
好きになるのに理由なんてない。
誰かが言うその意味がやっとわかったけど、わかりたくなかった。
なぜ、あんなヤツと君は付き合っているのだろう。
奪ってしまえるのなら、奪ってしまいたい。
だけど、奪えるような君でいてほしくないとも思う。
それでも、万が一の機会を伺っている自分に嫌気が差す。
────たとえ間違いだったとしても
「溢れてしまいそう」
あとどれくらい隣にいられるかを数えて、安心する。
今日も明日もずっとこのままでいられたらいいのに……なんて、決して叶うことのない願い。
この想いは、まだ口にする勇気も度胸も覚悟もない。
気の置けない関係のはずなのに、気を抜けなくなっている。
少しでも気を抜くと、溢れてしまいそうになる。
気づかないでほしい。
でも、本当は知っていてほしい。
だけど、やっぱりこのままでいい。
ぐるぐると思考は回る。
そして、行き着く先は現状維持。
まだ、このままでいい。
まだ、この気持ちは抑えられる。
だからまだ……
────雫