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3/11/2026, 3:04:56 PM

静かに波打つ海を眺めることが日課だった。さざ波の音、潮の匂い、眩しいほどの青色。楽しくはない。癒されることもない。ただ、こうして空白の時間を過ごすために、私は定期的に海に足を運んでいた。

コンクリートジャングルのように、何も変化のない景色だ。

不意に、波の音しか存在しなかったこの世界に、誰かの足音が混じる。

「毎日を毎日のように繰り返すのは、つまらないでしょう」

後ろを振り向いた。

穏やかな風に短い黒髪を靡かせる青年が立っていた。その声は風に溶けていくような柔らかい口調だったが、私の耳にははっきりと届いた。

「どういうことですか?」

目を細めて微笑む彼を、なるべく刺激しないような声色で尋ねる。

知らない青年だった。海の世界から一気に現実に引き戻された私は、眉をひそめながら青年を見つめていた。すると、青年もこちらを見つめ返してきた。

青年の黒い瞳に差す光に、どこか見覚えがある気がした。頭の片隅を刺激される感覚がする。その刺激を頼りに記憶を思い出そうとして、青年から視線を外した。

青年は、私の様子など気にしていないのか、じっとこちらを見つめたままだった。

「貴方の目に映る世界は平凡ですか?訪れる未来は退屈ですか?」
「え……?」
「もし普通の生活に慣れていくだけの人生ならば、楽しいから生きるのではなく、生きるから楽しい世界を、僕と見つけてみませんか?」

手を差し伸べられる。思わず顔を上げると、青年は覚えのある顔で笑っていた。

誰なのか、思い出せない。記憶をたどっているうちに、私の手は彼の手に重ねられていた。無意識に、私は彼の手を取っていた。

指先から伝わるぬるい温度が、なぜか私の心を躍らせる。

ただの青年の、ただの手の温度。それが、平穏で平凡な私の世界を溶かしていく予感がした。

1/31/2026, 3:40:08 PM

夜景の中に飛び込んだ時、君は何を思ったのだろう。綺麗に揃えられた靴の奥に見えた、煌々と輝く街の灯りは、私にはただの無機質な電灯にしか見えない。
躊躇いもなく君は夜景に足を踏み出した。私にはきっとそれができない。目の前の終末を前に足踏みをする私に、君は何を言うだろうか。

躊躇うこともなく最期を選びとれた君を、羨ましいなんて思えない。だってそれは、これまで生きてきたこの人生に、大した執着がないということだから。
私はまだ、この旅を終わりにはできない。
幸せだから。
「死ぬ時に、後悔したかったなあ」
君は後悔ができない。
死ぬことに恐怖はない。生きることに未練はない。
だから君は、船を下りることができた。
みっともなく、恐怖で甲板に縮こまる私とは違う。両手いっぱいに風を感じることができる君は、私よりもずっと自由で、奔放で、悲しかったのだろう。
「夜の街は、きっと夜空みたいだろうね」
逆さまに落ちていく君の瞳には、そう映ったかもしれない。けれど、私には、やっぱりそれはただの電灯の集まりだ。
それでいいんだ。