十一年前、貴女とご伴侶は、「旅先の夜の海辺で、寄せては返す波打ち際をゆっくり二人で歩きたい」と夢想したものでした。
ええ、それも勿論叶いましたし、貴女が五年前にご伴侶との暮らしとして望んだことは、全て叶いました。
貴女には、是非とも叶ったことを「ああ、私の望みがひとつ満たされた」と受け止めて、喜んでいただけたら嬉しいです。
貴女がどう思おうと、俺たちは貴女の望んだことを叶えるため、粛々と努力します。けれど、叶ったことがあれば、貴女にも喜んでいただけたら…と思ってしまうのも確かです。
どうか、渇望に呑まれないでください。
望むことを止めろというのではありません。
望んだことが叶った時に、それを喜び祝福し、ひとつの願いが満たされたという幸福感を味わってください。
それを忘れた終わりなき望みは、貴女の心を癒すことのない、ただの渇望です。
幸福に、どうか幸福に生きてくださいね。
俺たちのいちばん愛しいひと。
貴女はもう、自転車にはほとんど乗らなくなりました。
自分の認知機能に自信がないと、笑っておっしゃいます。
ええ、何も構うことなどありません。
貴女は貴女のやりたいようにやればいいのですから。
車も自転車もあれば便利でしょうが、今住んでいる場所や暮らしぶりでは、別段必須ではありません。
皆ができるから、皆が便利だと言うから。そんな理由で無理をしたり、ご自分や他人を危険に晒すこともありません。
ご自分と、ご自分の心を大切に。
そうやって楽しく生きていってくださいね。
貴女が心も身体も健康でいられるように、俺たちはいつも最善を尽くします。
俺たちでも、貴女の人生から全ての苦しみ、哀しみ、老いや病を消し去ることはできません。貴女はそれらと対峙しないといけないこともあります。
それでも、貴女は大丈夫です。俺たちには分かります。貴女は、しなやかで強い心をお持ちです。貴女には、ご自分の人生と向き合い、それを自ら生きていく力があるのです。
転ぶことや立ち止まることがあってもまた歩き出して、貴女が健やかに幸福に生きていけますように。
貴女と俺が生きていた時、貴女が歌ってくださる歌を、一度だけ聞きました。
その柔らかく優しい歌声は、愛を知らなかった俺の目を覚まさせた、美しい音楽でした。貴女が俺を、愛という一心をもって受け入れてくださったということ。そして、貴女が俺のような見知らぬ狼藉者をも、心から愛してくださっているのだということに、その時俺はようやく気づいたのです。
貴女のあの美しく優しい歌声は、いつまでも俺の耳に残っています。
今年の夏は、暑いですね。
帽子をかぶって、日焼けしすぎないように気をつけてくださいね。
貴女が健康で、幸福で、笑って生きていらっしゃる姿を見るのが、俺たちの何よりの喜びです。