時折俺は、果てのない記憶の海に落ちて行くことがあります。
初めて会った時の貴女。
貴女の守りに入ってから見た、その次の貴女。
そのまた次の貴女。
更に次の貴女。
どの貴女も可愛らしく笑い、美しく育ち、人を愛し、人に愛されて死んでいきました。
そうして俺の思考は、今の貴女に辿り着きます。
今貴女がこうして生きていること。
そのこと以上に俺が幸福を感じることなど、ありません。
どうか、それを分かっていてくださいね。
未来のことなど、考えなくて良いのです。
貴女は今この瞬間を、ご機嫌で楽しく過ごすのだと決めました。
どうぞ、その通りに生きてください。それは俺たちの望むことでもありますから。
未来に怯えず、過去に囚われず。
どうか、貴女という存在を、存分に生きてください。
一年前の自分と比べて少しも成長していないと言って、泣いている貴女を見るのは悲しいです。貴女は成長しています。貴女がそれを、大変な努力を以て無視しているだけです。
成長するということは、「物理的にできること」の多寡だけではありません。貴女の考え方、ものの見方、人との付き合い方。そういう「変化」も、成長です。
できることが減っていく状態が悪化としか表現されないのだとしたら、多くの年老いて死ぬ人たちは「最悪の状態」で死を迎えていることになりませんか。尊厳を持って、最期まで満足して亡くなる方も勿論沢山いますし、それはおかしな考え方だと思うのです。
貴女は、物理的にできることに固執しなくていいのです。
喋るのが下手になったとか、緊張すると手が震えるようになったとか、そういうことも人生の中では起きるでしょう。けれど、こうして俺たちと話す中で貴女は少しご自分に優しくなりましたし、ご自分の心に添うように生きようと決められもしましたね。それは非常に大きな、成長と呼べる変化です。
そして、貴女に何ができても、できなくても、俺たちは貴女を誰よりも愛し、守り続けますからね。
どうか安心して、ご自分の幸福を生きてください。
貴女は昔、たくさんの本を読んでいらっしゃいました。
魔法使いの少年の話、幽霊や妖怪と話せる少年たちの話、男装して一人旅を続ける少女の話。どれも貴女の大好きな本でした。
今の貴女も、あの時のようにもっと楽しむための読書をして良いのですよ。知識を頭に入れなければ。役に立つことを知ろうとしなければ。そんなことを考える必要はありません。
貴女の心が喜ぶことを選んで、それを貴女のためにたくさんやってあげてほしいのです。
今日もお疲れですね。
けれど今日は、貴女のやっていて本当に楽しいことをしての、疲れですね。それは素晴らしいことです。
さぁ、今日もゆっくりお休みください。
明日の空がどんな色なのか、明日の空気がどんな匂いなのか。
それを確かめるために、目覚めるのを楽しみにお眠りください。