╴ずっと隣で ╴
つい、この間まで、
太陽の光が届いていたこの場所は、
もう闇に侵食され始めていた。
「懐かしいな、ここでみんなとよく
他愛もない話をして笑っていたな」と、
よく知る笑い声が聞こえて隣を振り向くが、
そこに友の姿はない。
いつもの場所も、ずっと隣にいた友人達も、
奪われていった。
そして己の命さえ奪われようとしている。
不思議と怖くは無い。姿は見えずとも、
きっと今も、友はずっと隣で……。
╴愛と平和 ╴
小さなグラスにウイスキーを並々注ぐと、
男は一気に喉の奥へ流し込み、
こう言った。
「誰かの愛と平和を奪って優越感に浸りたい」
人間とは、そういうモノだろう?と言いたげに
男は煙草をくわえると、スーツの内ポケットから
ジッポライターを取り出して火をつけた。
╴過ぎ去った日々 ╴
ふと、胸騒ぎがした。遠い記憶の奥底から、
耳鳴りのように聞こえてくる。
“勝って嬉しい花一匁
負けて悔しい花一匁”
それはどんどん大きくなっていった。
懐かしくて、なぜか不安が胸に広がるあの古の歌。
“あの子が欲しい
あの子じゃわからん”
歌声と共に脳内へ映し出されたモノは、
僕が処刑台に立たされる前の、過ぎ去った日々。
罪の意識がそうさせるのだろうか。
╴お金より大事なもの ╴
汚れ一つない純白な部屋のど真ん中には、これまたツヤツヤに輝く大きな長方形の白いテーブル。その上に、まるで血液を垂らしたかのような深紅のテーブルクロスが一際存在感を放っていた。中央の席にはハートの女王がこちらを冷ややかに見ながら鎮座している。心臓を刺すかのような視線と圧に背筋も凍るが、テーブルの上に並べられたたくさんのデザート達が暖かく歓迎してくれていたのが唯一の救いだった、というのは現実逃避だ。
「お前にはわかるかい?お金よりも大事なもの」
ハートの女王はそう言うと、真っ赤な薔薇をモチーフにしたアップルパイを口に運び、こちらを見つめながら噛みついた。ごくりと唾を飲み込みながら、
「赤色でしょう?女王様」と絞り出した声は
情けなくも震えていた。
╴月夜 ╴
月明かりが反射してキラキラと輝く穏やかな海が、ちゃぷちゃぷ、と心地の良い波の音を響かせる。その浜辺にはポツンと小さな影。小さな影は浜辺に横たわり、波音を聞きながら満月を見上げてこんなことを考えていた。
「あのお月さんが大きな卵だったらいいのにな〜」
月明かりに照らされた小さな影の正体は、お腹を好かせた子狸だ。お腹の鳴る音はさざ波に掻き消され、意識が薄らぐ中、満月の中に離ればなれになってしまった母狸が見えた気がした。
こんな月夜はお腹も減るし、孤独で海底に沈んだかのような気持ちになる。
ねぇ母さん、僕はここだよ。