私が見る夢はいつだって悪夢で、終わりのない闇の中をぷかぷかと浮いているだけのものだ。そんな悪夢が、月に愛されたこの世界に来てから少しだけ変わった。それまで浮遊していた闇の世界に薄明かりの光が差すようになった。
日によって差してくる光に違いがある。ある日は木漏れ日のような光が、ある日は曇り空の隙間から差す太陽みたいな光が。その光にはどれも見覚えがあった。この地に来てから心を紡いだ人たちとの思い出の光だ。
手を伸ばしてその光に向かおうとしても届くことがなかった。確かに光は目の前にあるのに、光の元へ行こうとしても届かない。ただ光と闇に挟まれて浮いていることしか出来ない。手が届きそうになったところで目が覚める。
「……。」
自分が臆病ゆえにあの光に手が届かないことは分かっていた。本当にこの光に逃げていいのか。闇から目を逸らすべきではないと誰かに叱責されないか。光と闇の狭間でひたすらに自問自答をして、光に手を向けることを躊躇する。だからこそ光は私を受け入れない。
「はあ……。」
何度見ても慣れない狭間の夢がいつか葛藤を乗り越えて別の夢を見られるように、と淡い期待を抱いてベッドから身を起こす。
「見つけた」
突然目の前に現れた薄花桜の髪。鼻にかかったような古いレコードのような声があたしを捉える。数百年もの間聞いていなかった他人の声。突然の客人に驚き目を見開いて硬直していると、再び言葉を連ねた。
「ああ、もしかして驚いてる?自分の家に突然見知らぬ存在が現れたから。……改めてごきげんよう、“最北端の魔女”」
「は……」
やっとの思いで開いた口から出た声は本当に間抜けだっただろう。とにかく頭が回らない。誰とも関わりたくなくて、自分の家を守るために結界も張っていたと言うのに。目の前の存在は易々とあたしのテリトリーに入ってきた。距離感とプライバシーを守るべきだ。
「面白いことを考えるね。僕たち魔法使いにプライバシーなんてあってないようなものでしょう?」
考えてることまで見透かされているのか、と考えているとどうやら単純に声に出ていたようだ。他人と関わるだけでここまで自分がポンコツになることに甚だ呆れてしまった。いやそれより何よりも気になることが多すぎる。
僕“たち”と言っていたこと、ビリビリと伝わる魔力から相手は魔法使いだと分かる。それも自分よりも強い魔法使い……例えるなら生きている次元が違うとでも言うような。それにしてもこいつ、距離感が近すぎる。こわい。
「挨拶もなしに突然人の前に現れるとは随分なご身分なようね。結界を壊してまであたしの元に来るなんて相当な情熱家なのね。」
できうる限り冷静に、且つ矜恃をもって接する。正直自分の結界を壊された時点でだいぶプライドは折られていると思うが……。
「まさか廃村ごと結界を張っているとは予想していなくてね。正確な距離が掴めなくて君の目の前に出るしかなかったんだ。」
──これが悪魔のような魔法使いとの出会い。