名前が無いの、とその人は言う
きっと忘れられてしまったのと
名前を付けて、とその人は言う
この世で一等素敵な名を、と
だから一つの名で呼んだ
その人は嬉しそうに頷いた
随分前にその人が捨てた
一等素敵だった人の名を
‹君の名前を呼んだ日›
あのこはどこか雨に似ていた
重たく暗い色の髪とか 真っ白白な顔とか
しとり吸い付く手とか ささめく様な声が
雨に似ていた 窓の外に降りしきる
向こうの公園で遊ぶことは もう二度と無いけれど
雨に似ていた 笑顔が日のようだった
光が似合っていた 太陽のあった頃は
‹やさしい雨音›
「『うた』って字って色々あるけど何が違うの?」
「ぐぐれー」
「今はAIに聞けらしいよ」
「これが……ジェネギャ……」
「コントはもういいから」
「えっと…『歌』がメロディとリズム有りで『唄』が歌と同じだけど伝統寄り、『謡』が楽器なしの『詩』が言葉のみ、だって。Gなんとか曰く」
「早速使いこなしてやがる」
「いや英文字3つを覚えてない時点でどうかと」
「ふーん、じゃあ今のコレってまだ詩な訳だね」
「おーよ、歌にしてやるからはよ寄越せ」
‹歌›
適度に硬いクッションに
さらさらなシーツ皺寄せて
心地よく流れる上掛けと
少し寒いから薄い毛布
くらくら真っ暗夜の中
ちよちよ眩しい朝日まで
何かも何かも投げ出して
夢にとっぷり眠りにどっぷり
たいそうたいそう幸せなこと
たいそうたいそう平和のこと
‹そっと包み込んで›
白い衣に包まれて
私は両の目を閉じていた
昨日と違う場所へ行き
今日から違う名前で呼ばれ
明日の新しい道が拓く
白い衣に包まれて
私は両の目を閉じていた
見開き一番に見る光景を
想って目を閉じていた
‹昨日と違う私›
何処かの国で日が昇る時
僕らの空には月がかかる
何処かの国で雪が降る時
僕らの地から水が消える
何処かの国で王が立つ時
僕らの街から葬列が発つ
‹Sunrise›
吐いた息が白く染まる
ふわり空へ解けていく
吐いた息が泡を形どる
こぽり空へ昇っていく
吐いた息が灯を揺らす
ふつり光が消え落ちる
‹空に溶ける›
丁寧に繕って丁寧に手直しして
あの人に貰った贈り物
丁寧に扱って丁寧に飾り直して
あの人が最後にくれたもの
何年経っても手放せない
手放す気はさらさら無い
きっと墓場まで持って行く
あの人と隠した秘密のこと
‹どうしても…›