画面の向こうは触れられない
鏡の向こうは触れられない
物語の向こうへ触れられない
硝子の向こうへ触れられない
だから伸ばされた君の手も
当然のように空を切る
‹距離›
失くしたものは戻らないし
壊れたものは直らないし
死んだものは帰らないから
だからいい加減そろそろさ
ちょっとくらい忘れなよ
怒ったりしないからさ
……嘘だけど
‹泣かないで›
近年とみに秋が短いと君が憂う
一月半程前まで半袖を出していた君
近年とみに夏が長いと君が憂う
一月半程前には羽織を出していた君
二人でもこもこ身を寄せ合うから
過ぎ去った季節の残滓に火を着けた
雪はまだ降らないようだ
‹冬のはじまり›
たまには甘えたくなる時があるし
きっちり叱られたい時もある
温もりが恋しい日も
帰れるからこその一人を楽しみたくなる日も
たくさん話したい夜も
ただそばにいて欲しい朝も
いろんないろんな日があるから
どうかまだ覚まさないで
‹終わらせないで›
憎悪の裏返しで
復讐の切っ掛けで
暴力の同意語で
依存の理由で
影も形も証拠も無い
そんな都合良く曖昧なもの
‹愛情›
僅かに怠いような
僅かに寒いような
僅かに眠いような
僅かに痛いような
僅かに淋しいような
ような、
‹微熱›
暗闇に蹲る時はいつも
光の下へ手を引いてくれたから
光明に疲弊する時はいつも
影で休息を導いた
燦とした日差しのよく似合う子だった
静かな夜に似て落ち着くと甘え真似をして
今は似合わない素振りで似合わない場所にいるけれど
裏を安寧するあの子の代わりに
表の秩序を平定し続けるけれど
あの子と生きるこの世が少しでも平和なら
きっと何にも痛くなんてないから
‹太陽の下で›
寒がりな友人がいた
いつも寒い寒いと言う割に
薄くて硬い生地を重ねるばかりだった
もっと暖かいの着ればと
ショーウインドウを指したが
友人は首を振った
編まれている系のがトラウマなのだと
さては手編み系プレゼントの
凄まじいブッキングでもしたかと
からかい混じりに言えば
前半だけは正解と白い溜息
自然にしかし突然冷たい指先が
久し振りに寒風に晒した首を掴んだ
「所で随分ばっさり切ったようだけど」
「何かあった、イメチェンかい?」
‹セーター›
「今更星を落とした所で
既に立った舟の行く先は
とっくに変わりはせんよ」
「喜べよ馬鹿共たった今
お前等は全ての人々の勇敢を
無意味な不帰還の旅にしたのさ」
‹落ちていく›