ふと、子供の騒ぐ声が聞こえた。
賑やかな表通りから数本、人の目の少ない物陰で。
声だけでなく聞こえた音に思わず口を噤むと、
店から出てきた連れが、視線を辿って笑みを零した。
「やんちゃさんかな?」
「……今の時代は許されんよ」
数枚の写真と少しの動画を転送するに留める。
正義感だけはイカれてる馬鹿だから、多分何か
するだろう、と問題転嫁を決め込んで。
さもないと。
「そういえば、しばらく見てなかったかも」
絡んだ指先が爪を立てる。生涯消えない火傷痕に。
「ね、明日も休みだったよね?」
加虐の悦に濡れる声。その恐怖に立ち竦む間は。
「……お前が、壊したくせに」
この隣から逃れることは出来ないのだと。
‹懐かしく思うこと›
「あら、いらっしゃい。ここまでお疲れ様。」
「そうよ。私の物語は、ここでおしまい。
私だけ生き残って、私だけ救われてしまった。」
「……ごめんなさいね。」
「あなたはこれから戻るのかしら。」
「この物語の、一番最後の分岐点。」
「きっとこうはならなかった筈の、未来の物語。」
「その未来なら、皆は生きているかしら。
……あの子は、笑えているかしら。」
「それだけでいいの、私がいなくても。」
「……それとも」
「あなたは、もうあちらの物語を辿り終わって
此処に来たのかしら。」
「何かを期待して、こちらに来たのかしら。」
「いいのよ、言わなくて。私にあちらの物語を
知る権限がないだけなの。」
「でも、そうね。そうだったとしたら。」
「私、一人でも頑張って生きるわ。
あの子に救われた命で、時間だから。」
「だから、心配しないでね。」
‹もう一つの物語›
「此処が暗いというならば」
「君は光の中にいたのさ」
「此処が明るいというならば」
「君は闇の中にいたのさ」
「この薄明が安心するなら」
「この薄闇が心地良いなら」
「それは否定されることでもないさ」
「生きやすい場所で息をするのさ」
‹暗がりの中で›
「お茶言葉って無いのかしら」
カチリと鳴るティーカップ
胡乱な視線の先で笑う瞳
「四つ葉のクローバーにも枯れた薔薇にも
花言葉はあるでしょう?
それなら、茶葉にだって有って良いと思わない?」
「はぁ、そうね」
摘んだクッキーを舐めた指
壁に並んだ紅茶缶を一つ
「じゃ、あれ何て付ける」
「特別な時間」
「……あれは」
「あなたと一緒にいたい」
「本体の言葉パクってくんなよ」
「ふふふ」
ついと輝く小さなスプーン
別々の缶から混ぜられた茶葉
「それなら、あなたはこれに何て付ける?」
随分昔に作ったブレンド
ミルクでも砂糖でもレモンでも
どうにもならない香りだけの苦い茶色
好みの違う二人分を
無理矢理一つにした歪を
くるり乾いた皿に混ぜながら
「まあ、一つしか無いだろ」
冷たい指先から奪った葉々を
クリームに掛けて一口に仕舞う
喉を引っ掻く小さな痛みを
幸福そうに見つめていた
‹紅茶の香り›
好きなんて愛してるなんて
そんな感情だけじゃどうしようもないよ
本当なんて真実だなんて
そんな言葉だけじゃどうにもならないよ
開けたいならきちんと言って
あの日確かに決めた一言を
君が確かに本物だと証明したいなら
‹愛言葉›
初めての握手は熱くって
びっくりしたのを覚えている
寒い日の握手は冷たくて
びっくりしたのを覚えている
暑い日の握手は乾いてて
びっくりしたのを覚えている
別れの握手は凄く強くて
びっくりしたのを覚えている
再会の握手は酷く繊細で
びっくりしたら君が笑った
‹友達›
最初から素直になれていたならば
一緒に逃げてくれたかな
‹行かないで›
生まれ落ちた日に温もりを
成長と痛みの夜に希望を
冒険へ踏み出す昼に輝きを
夢現に揺れる夕暮へ変化を
やがて遠く旅立つ光へ自由を
駆けて翔けて全うするその生へ
遥かな蒼より祝福を
‹どこまでも続く青い空›