「ねえ君、私の君。一つ頼まれてはくれないか」
「なんだい君、私の君。珍しいじゃないか」
「また明日、と。言ってはくれないか」
「君、」
「後生だ、この一度っ切でいい」
「……私は、嘘が言えないよ。知っているだろう」
‹別れ際に›
ぽたぽたと黒雲が涙を零していた
どうしたのと問えば逸れたのと言う
数時間前の豪雨を齎した雲は
とうに風で流されており
一応と方向だけ指し示せば
ありがとうの言葉を置いて
青空を遅々と流れていく
果たして追い付けるだろうか
水溜りを狭く叩く大粒は
もって二時間だろうけど
‹通り雨›
「絵文字って何なん、スタンプで良くね?」
「それな。読み文字は単色で良いんだわ」
「まじほんと……ねえまじで出てこないんだけど
これ何で変換するの」
「何?……『こうよう』とか『もみじ』とか?」
「どっちも駄目だったんだわ既に」
「えええ、あと何あるの難易度鬼じゃん」
「まじ無理」
‹秋🍁›
いつも同じ道を行く
いつも同じ景色が見える
、訳じゃなく
季節が変わって店の装いが移ろい
時が過ぎて人々もまた移り変わる
街路樹が朽ち遠山に緑が増え
広い空を刺しクレーンが回る
いつも同じ道を行く
いつか見られぬ景色を行く
‹窓から見える景色›
名前をつけたら何処にでも有った
名前をつけたら初めて見つかった
名前をつけたら当たり前になった
名前をつけたら過去になった
名前をつけたら関係が変わった
名前をつけたら愛おしくなった
名前をつけたら
名前をつけられたら
いくつかの音で文字でそれだけで
触れられもしない記号の上
名前をつけられない幾つもの
認識出来ない未知の中
それでもその脚が立ち止まる
理由に十分足りるなら
‹形の無いもの›
外をくるくる
隙間をすいすい
頂上とんとん
飛び降り隣に
足の速さだけが
必勝法じゃないんだと
アスレチックの王様は
鬼から逃げ切り笑ってる
‹ジャングルジム›
例えば傷付いて
泣き出しそうな時
例えば挫けそうな時
だけじゃなくて良いから
小さくて良い
一言でいい
直ぐに行くから
一生のお願いだから
どうか、呼んでほしい
‹声が聞こえる›
コスモスの花を贈った
可愛らしい花言葉を
君が存外気に入ったから
秋になり花弁が開く度
一輪添えて招待した
桃に白に赤に触れ
君は何度も微笑んだ
秋になる度思い出す
花弁開く度思い出す
茶色の花を一輪摘んで
星の輝く空を見る
‹秋恋›
幸せなのが好きでした
大切な人が幸せなのが好きでした
親が兄弟がお世話になった親族が
最期まで幸せであれば良いと思い
出来ればそれを看取らずに
誰一人も見送らずに
私が一番に消えたなら
多分それ以上は無いのだと
‹大事にしたい›