街の明かり
深夜3時。
スマホばかり触っているとほんとにあっという間に時間が経ってしまう。
目の奥が痛い。
一度スマホの電源を切り、横に置く。
なんかあっついな。
掛け布団をはいで静かに天井を見つめてみたが、
なんだか落ち着かない。
心がざわざわする。
1回外に出て落ち着きたいな。
なるべくゆっくりと起き上がる。
音を立てないように。
隣で寝ている母を起こさないように。
いびきをかいてぐっすり眠っているので、
ちょっとやそっとの物音では起きないと思うが、
今目覚められたらまずい。
そーっと敷き布団から足を出した。
今は裸足で床はフローリングなので
普通に歩くとペタペタ足音が鳴る。
真夜中に寝室から抜け出すのは初めてじゃないので
そこらへんは対策済みだ。
爪先立って、フローリングとの接着面をなるべく小さくする。
足をゆっくり踏み出しては徐々に床から離す。
それを繰り返して寝室から出て、リビングまでやってきた。
恐る恐る廊下を振り返る。
ようし。オッケー。母も父も私の脱出劇に気づいていないようだ。
そのまま静かに窓辺まで移動し、ベランダに出る。
外は、静かだった。
ベランダからは近所の家やマンションがたくさん見える。
夜はそれぞれの家の明かりがついていて綺麗だが、
さすがに真夜中の3時ともなると、起きている家庭はほとんどない。
夜風が気持ちいい。
やっぱり昼より夜の方が落ち着く。
ベランダにおいてある錆びたベンチに腰を下ろす。
あー、いい。
夜っていい。
目を瞑って、感覚を研ぎ澄ませる。
風の音。
カエルが鳴く音。
そよそよと風が肌を優しく撫でる感覚。
足で感じるコンクリートの硬さ。
ベンチがざらざらとしている手のひらの感触。
ああ、落ち着く。
少しずつ、少しずつ、心のざわざわが消えていく。
瞼をゆっくりと開ける。
スローモーションのように立ち上がり、ベランダの手すりと壁に体重を預ける。
「……あ。月。」
空には、ぼんやり白っぽく光る月があった。
今の今まで気づかなかった。
満月だが、薄黒い雲がうっすらとかかっている。
勿体ないなあ。
満月なのに。
そういえば、今日は星が1つも見えない。
曇ってるんだな。
よく目を凝らして見ると、厚い雲がどんよりとしている。
明日は曇りかなあ。
曇りぐらいなら良いけど雨は嫌だ。
出かけないなら好きだけど、予定がある日は嫌だな。
ずっと家にいる日なら、困るのは洗濯物くらいで、
そこまで困らない。
何なら雨の音に癒されるから好きだ。
しとしとと降る雨の音。
透明な水たまり。
窓に付く小さな水滴。
雨が上がれば、濡れた葉っぱはキラキラ光るし、
運が良ければ虹も見えるし。
しばらく空を見上げながら考えていた。
ふと、時間が気になって、
リビングの壁に飾ってある掛け時計をベランダから
覗き込む。
うーん。
暗くてよく見えない。
目を必死に細めて見ると、ようやくぼんやりと見えた。
3時半くらいだ。
そろそろ戻らないと。
そうっとベランダから家の中に入る。
音を立てないように細心の注意を払いながら寝室まで戻ってきた。
ようし。ミッション完了。
でも、最後まで気を抜くわけにはいかない。
母の枕元に置いてあるエアコンのリモコンを取る。
「ピッ。」
エアコンの電源を入れた。
よし。おっけー。
そしてゆっくりと寝転んだ。
瞼をゆっくりと閉じた。
うんうん。
心もリラックスしているし寝れそうだ。
しばらくするとうとうとしてきた。
だんだん眠りに落ちながら考える。
明日も良い日になりますように。。。
七夕
織姫様と彦星様は1年に1度しか会えない。
普通の人なら、二人のことをとても哀れに思うだろう。
好き同士なのに年1しか会えないなんて拷問ではないか、と。
しかし私はそうは思わない。
2人は十二分に幸せだと思う。
なぜなら2人は両想いで、お互いがお互いを好いていることを知っているから。
好きな人がいても、その人に恋人がいて、自分には振り向く素振りも見せてもらえないことのほうが哀れである。
「あーーー、親友が欲しいよお。」
なんでも吐き出せて、馬鹿なことを言い合えて、真剣に相談もできる友達がほしい。
そんな一心で始めた、SNSのアプリ。
つぶやきを見て、「あ、この人と気が合いそう」と思ったらフォローしてみる。
最初は頑張って話しかけていたけれど、
頑張るのに疲れてしまったから、
必然的に向こうから話しかけてくれた人とだけ仲良くしていた。
人を選んでフォローしたとはいえ、
何も考えず気を使わずにポンポンと話すのは難しい。
出会ってまもないから当たり前のことなのか?
どんな話もできるような仲になるには、
リアルでは半年はかかるが、
やはりネットでも長時間かかるものなのだろうか。
私は今すぐにでも親友がほしいのに。。。
なかなか親友ができず、苦しい思いを抱えていた。
そんな中、1人例外がいた。
ある日の夕方、一件のメッセージが届いた。
「このアプリの使い方よくわかってないけど、
仲良くしよう」
どうやら異性の大学生のようだ。
なんて返せばいいんだろう?
良い答えが思いつかない。
と、いうか、思ったことをすぐ言えるようにならないと、親友なんてできなくない?
だって本音で話せないんだから。
やっぱ今思ったことをシンプルに言おう。
「このアプリの使い方よくわかってないけど、
仲良くしよう」
「しよう!」
よし。これでいい…はず。
その日は、しばらく経っても返信は来なかった。
仲良くしよう!から話広げるの難しいよな。。。
返事の仕方ミスったか?
でも、それしか思いつかなかったし。。。
色々考えを巡らすのも疲れるしな。
結局返事が来たのは、次の日の夜中だった。
「仲良くしようとは言っても何から話せば良いのか。。。」
あらま。私もおんなじこと思ってたよ。
んー、なんて返そうか。
「んー、じゃあどうして話しかけてくれたの?」
「話し相手が欲しくて。」
「だよねー、私も何でも話せる友達欲しくて始めたもん。なかなか本音を言い合える人っていないよね。」
「本音って言ってもさー、汚いっていうかどす黒い本音は言いにくいじゃん、やっぱり。周り見てると、みんな本音ぽんぽん言ってるのほんと羨ましい。」
「あーー!!わかるーー!!」
驚くほど話があった。
人付き合いが苦手なところ、性格悪いところ、
性格直したいけどなかなか直せていないところ、
このまま社会でたら生きていけないと思っているところ。
笑いのツボもぴったり合っているし、
考え方や感じ方も似ている。
何よりすごく優しい。
私の相談にも真剣に乗ってくれた。
こんなに面白くて人間くさくて良い人なのに、
友達が1人しかいないんだとか。
不思議だ。
私達は気づくと、1時間近く話し込んでいた。
次の日も、その次の日も。
他愛もない話で盛り上がったり、
急に政治や生き方についてシリアスに語り合ったり、色々な話をした。
気づけば、私はこの人と話すのが毎日の楽しみになっていた。
こんなに気が合う人が世の中にいたんだ。
信じられない気持ちと同時に、とてもわくわくしていた。
いつかリアルでも会えたらいいな。
そして、その日も会話を楽しんでいると、
私の飼っている犬の話になった。
「飼い始めたきっかけとかは?」
「友達に勧められて。
じゃあペットショップ行ってみるかーって行ってみたらすごく可愛い子がいて。勢い良く契約した。」
「へえ。そうなんだ。
そういえば、恋人も今年からトイプー飼い始めてさ。可愛いんだよ。」
「へぇ、いいよね、トイプー。可愛いよね。」
平然と会話を続けたが、頭の中は困惑しっぱなしだった。
え、恋人いたの?
友達は1人なのに?
突然のことで頭がショートしている。
恋人がいる事実を受け入れられない。
恋人がいたことにも驚いたが、
何よりもそのことにショックを受けている自分に驚いた。
とりあえず恋人のことには触れずに話を続けたが、
飼い犬の会話が終わって別の話になっても
ネッ友に恋人がいたという事実が頭から離れなかった。
その日のメッセージのやり取りが終わって、
お風呂に入って、布団の中に入ってもなお、
恋人がいた衝撃が頭から離れない。
「まあ、そうだよね。あんなに良い人だもん。
恋人いない方がおかしいじゃんね。」
必死に自分に言い聞かせるが、脳が言うことを聞かなかった。
「あーーー、恋人、いたのかあ。ショックだなあ。」
そのとき、初めて気づいた。
私は、あの人のことが好きだったんだ。
恋人がいる事実を受け入れたくないと思っているのは、
あの人が好きだったからか。
そうか、私好きだったのか。
でも……あの人とは付き合えないだろう。
あんなに良い人と付き合える人だもん、恋人も良い人に決まってる。
それに、あんなに良い恋人と別れようとなんて思うはずもない。
ああ。悲しいな。
実は初恋だったんだけどな。
本気で好きになったの初めてだったんだけどなあ。
なんでだろうなあ。
なんで、なんで恋人がいるんだろうなあ。。。
好きな人に振り向いてもらえる可能性が低いって、
叶わぬ恋って、こんなに辛いものだったんだなあ。。。
知らなかったなあ。。。
「今は生きるのに精一杯で友達との思い出なんてないし作れない。」
私には友達はいない。
そもそも友達って何?
話してて楽しい人?
よく一緒にいる人?
だったらいないな。
私は人の悪いところを見つけて印象をそれで悪い方に固められる天才だし、
人を瞬時に妬む才能もある。
自分で言ってて悲しくなってきた。
こんなに性格が悪いけど、
人間として終わってるけど、
それでもほんの少しの人間らしい良心くらいなら残っているようなしないような。
例えば、駅の切符売り場で機械の操作の仕方がわからなくて困ってそうなおばあちゃんがいたら
話しかけて教えてあげるくらいには良心が残っている。
けれど、知り合いとか、家族でさえ頼み事をされると嫌そうな顔をしてしまう。
自分はだいぶ大変なことでもばんばん頼むのに。
人使いめちゃめちゃ荒いくせして、自分が使われる側になるとむっとする。
なんて性格悪いんだろう。
こんなに性格が終わっている私とそこそこ付き合いが持てる人って、
私と同じくらい終わっている人間か、
聖人かよってくらい悪いところがない人間かの2種類しかいない。
前者と仲良くなるのは至難の業だ。
なぜって私は性格悪いくせして人に嫌われるのは恐れる人間だから、
ほんとは嫌でも良い人ぶってやりたくないことやってしまう人だから、
私はあなたと同じくらい性格悪い変人なんですよってアピールできない。
だから打ち解けられない。
ただ、この点は逃げ道がある。
それはネットだ。
ネットだと良い人に思われたいとか不思議とあんまり思わない。
だからだいぶ素が出せて嬉しい。
こんなに楽なことはない。
どうやればリアルでもこの心構えでいられるのだろうか。
まあいいや。
性格を変えようと思っても変えるのはなかなか難しい。
そう思って行動に移さない自分が嫌いだ。
あとは聖人かってくらい悪いところがない人間とは
近づきづらいし、奇跡的に仲良くなってもならなくてもその人の良いところを妬むことになる。
それで結局病む。
そしてまた自分が嫌いになる。
あー、私一生こんな感じで生きていくのかなあ。
嫌だなあ。
ずっとこの生き方は苦しいけど、
変えるのも疲れるよな。
そんなわけで今は生きるのに精一杯で友達との思い出なんてないし作れない。