・夜の海
白い紙に気の済むまで思いの丈をぶちまける。
感情を吐き出された紙は酷く汚れていく。
汚し終え、一息つく。
少し冷静になり、目の前にある汚しきった紙を見直すと、つい先程まで自身が抱えてた感情の気持ち悪さに気づいてしまう。
「こんな物、見せるわけにいかない」
あまりのおぞましさにソレをぐちゃぐちゃに丸めてゴミ箱に捨てる。
しかしその行為に反するように己の内に燻る感情がまた強くなっていく。
見て見ぬふりをしても頭の中がその感情で支配される。
抑えたくて、苦しくて、でも伝えたくて、そうして結局、性懲りもなくペンにインクを補充する。
「……今度こそ」
次こそは見せられるほど綺麗な形にしてみせる、そう意気込んで私は紙に黒い海を作り直した。
・自転車に乗って
思い出話。
小学生の頃、近所の悪ガキに連れられ全く知らない道を自転車で走った事がある。
親と普段通らない道、しかも自宅からかなり遠くまで走っていったので内心バレたら怒られるんじゃないかとヒヤヒヤしながら道中を走ってた気がする。
最終的にはやや大きめの公園に着いて夕方までそこで遊んでいたのをうっすらと覚えている。
"いつかもう一度来てみよう"
そう思っていたがどうやってあんな所まで行ったのか分からず、結局後にも先にもあの道を走ったのはこの1回きりとなってしまった。
大人になった今でもあの道への行き方や公園の名前は分からずにいるし、気づいたら連れて行ってくれた子の顔や名前さえも思い出せなくなってしまった。
もし子供の頃に戻れるならもう一度あの住宅街と見知らぬ公園を悪ガキと一緒に走り回ってみたいものだ。
……でも出来ることなら車で走りたい。
と、大人の私がワガママを言ってるのはここだけの話。
・心の健康
肝臓がダメになりかけているらしい。
健康を気にしていたのにも関わらず。
先生から詳しい説明を聞かされているが、ショックで殆ど耳に入らない。
実はここの先生ってヤブ医者だったりしないか?
だって先生、アンタ言ってたじゃないか。
病は気からって。
だから俺は毎日楽しく生きるために頑張ってたのによ。
なのに肝臓"だけ"おかしいって。
本当にそう思ってるのか?
「とりあえずお酒は控えましょう」
分かってるよそんな事。
でも病院行って治らねぇもんは何かで誤魔化すしかねぇだろ。
酒を止めたらそれこそおかしくなっちまう。
なぁ先生。もう一度ちゃんと検査してくれよ。
アンタ名医なんだって?だったら肝臓以外の悪いところだって治せるだろ。
頼むよ。
俺から薬を奪わないでくれ。
レモンと炭酸で出来たアイツじゃないと俺は治らなかったんだ。
薬と入院だけじゃ意味無かったんだ。
リハビリなんて意味無かったんだ。
頼むよ先生。
嘘でもいいから健康って言ってくれ。
そしたらそのまま楽になれるはずなんだ。
・君の奏でる音楽
優しく撫でると柔らかい音色。
軽く叩くと跳ねるような音色。
爪で弾くと小気味いい音色。
道具を使うと激しい音色。
締めると高くなっていく音色。
色んな音を奏でてくれる、素直で手のかかる私の可愛いパートナー。
どんなに汚れても綺麗に拭いてあげる。
どんなにボロボロになっても直してあげる。
あなたの全てを愛してあげる。
だから、私が飽きるまで大事に使わせてね。
・麦わら帽子
思い出話。
幼稚園の方針で夏は麦わら帽子を着用していた。
各々が用意する関係で帽子のデザインはみんなバラバラだった。
私のはひまわり柄の帯がついた可愛らしい麦わら帽子で、その帯を見ただけで私の心をひまわり畑へと連れていってくれた。
たった2年間。
しかも夏の期間だけしかかぶることの無かったあの帽子は、今でも思い出の中で幼い私の夏をずっと輝かせてくれている。