心の灯火
2367年ー。日本は世界で3つの指に入るほど安全な国を認定された。ここまで大きく成長が見られたのは紛れもなくAIや人間の代わりになる人型ロボットを創る技術が進歩したからだろう。どこぞの強盗犯を捕まえるにも今では優秀なAIでの防犯カメラによる自動追跡、命の擦り減りのない人型ロボットが例え相手が拳銃を持っても虚しく、彼らは弾など避けずに即座に目標を殺す。さらに、犯罪は初めからないものとしてAIに情報を隠蔽され続けていたのだ。何も知らない人々は日本は「平和の代名詞」という愛称まで付けるようになった。それをいいことに、ロボットを創る様々な大企業は次のステップとして人間と見分けのつかない人型ロボットを美として研究を重ねていたのだ。
ロボットと人を判断できなくなるようになり、初期に起きていた差別も今ではなくなっていた。
「おはようございます。」
僕はなんとなく挨拶をする。返してくれる人型ロボットはいないが気にせず作業に取り掛かる。
僕は正真正銘の人間だ。今は子どもたちの遊ぶ公園に散らばるゴミを拾うため、ここに居る。いわば、ボランティアだ。なぜ、周りの人(?)がロボットとわかるか、それはこういう雑用とまで言われたら僕は悲しくなってしまうが、ロボットの管轄にあるからだ。僕は、単なる人助けとして行っている。小さなことから人の役に立ちたいというのが僕の座右の銘とでも言っておこうか。
この日は夕立がきた。僕も傘は持っていたものの、足早に家に帰えることにした。その時、路地裏に人が倒れているのを発見した。これは僕の性分に関わると思いながら駆け寄る。傘をその人に差し出しだ、これが僕達の出会いだった。その人は傷だらけで腕を押さえ野垂れていた。
「大丈夫ですか?」
明らかに大丈夫ではないのにそう言ってしまうのは人間の特性だななんて思いながら返答を待っていると、顔を上げてくれた。
「あっ、」
彼の顔は美し過ぎた。そして、電線が見え隠れし確信に至る。彼は、ロボットだったのだ。
とりあえず、僕の家へ招待(?)し少しでも冷えが癒えるように励んだ。一晩で彼は本調子に戻り、ロボットってすげーなんて感嘆しながら事情を聞いた。何でも、彼は戦闘用として創られ、日本で一体しかいなくて危険な存在でありながら狭い鳥籠から逃げ出したんだとか。そういえば、ニュースでもやっていた気が、、。とりあえず、周囲にバレるとまずいとこは確かなので、僕の服を貸しこの地に馴染んてしまえばいいのではという結果に至った。
それからというもの、僕のボランティア活動の手伝いをしてくれるようになった。最初のうちは青い空や空を飛ぶ車を見てはしゃいでいるところをみて本当に鳥籠の中だったのだと虚しく思いながらも、楽しませてあげたいという気持ちが込み上げたのだ。
「人間をなぜ助ける?」
唐突な質問だったが即答してやった。
「人間でもロボットでも関係ないよ。いつか自分にその行いが返ってくると信じているからさ。」
彼は淡白にそうか。とだけ言った。
しかし、そんな幸せな時間も長くは続かないのが物語の掟だ。ドアをノックされた。
「すみません、少しいいですか?」
こんな時間に来客なんて珍しいなと思いながらも、
「はーい。」
ウィーン、ドアが開き僕は凄まじい勢いで腕を掴まれた。
「あなた、戦闘用ロボ001を隠し持っていますね。今すぐ返しなさい。後ろ盾には複数の拳銃を構えたロボットがいて、これまでとは比にならないくらいの恐怖を覚えた。すると、彼が僕を抱き抱え、窓から脱出した。それから僕達は追われる身として逃げ惑う。何日も何日も彼に言われるがまま走り回ってついたところは小さな研究所だった。
「ここで隠れていてくれ。」
「君はどうするの?まさかお別れなんて言わないでしょ?」
「それは肯定できかねる。」
「なんで肯定して!?じゃないと行かせられない!」
別れは突然すぎて何も考えられない。
「これ以上俺といると傷ついてほしくない人まで巻き添えになる。これは、人助けだ。利用されるだけの俺にこんなにも沢山の自由を見せてくれてありがとう。」
「やめて!!聞きたくない!」
「俺はずっとお前になりたかったのかもしれない。お前の植えた苗はいつも笑っているように見えて、お前の拾ったゴミはいつだってお前の流した汗と比例していた。だから、次は俺の番だ。」
そう言い放って彼は研究所を後にしてしまった。するとすぐに、銃声や金属音叫び声、炎の音と共に避難要請のアラームが鳴り響く。外の状況のカオスさを想像するだけで吐き気が止まらない。そのまま僕は気を失ってしまった。
どれくらい気を失っていたのだろう。音は静まり、雨の音だけが聞こえてきた。外にでてみると辺りはあっけらかんとしていた。少し歩くとロボットやら人間やらが山積みになっているなんともグロテスクな現場が垣間見えた。その頂上にはあの見覚えのある姿が倒れていた。彼は半壊の状態だった。もう手遅れとわかっていながらも、僕はすぐに駆け寄り、
「おい!!大丈夫なのか!?早く、はやく返事を…」
前がなぜか霞んでよく彼の顔が見れない。すると彼はかろうじて目を開け
「あの時と同じだな…また助けられたな。ありがとう。」
と、僕の頭を撫でそのまままた目をつむる。
「あっ…あぁぁあ…ああああぁぁ」
僕の泣き叫ぶ声がこだました。
開けないLINE
「今月の発病による死亡者はー。」
こんなニュースが流れて来てすぐに自分を塞ぎ込むようにテレビの電源ボタンを静かに連打した。
そして、バイト先からのLINEが来ているのを確認し、足早に目を通す。慣れたものだ。
「行ってきます」
朝8時、いつものように近くの大病院へ足を運ぶ。
俺の幼馴染の舞がここから居なくなってしまうまでもう長くはない。お互いに施設で育った身であるため、看取ってもらう親もいない。そんな中、俺は彼女を助けたかった。あの日、彼女が倒れる前。恥ずかしくて、後回しにして言えなかった事を言うために。入院や安定した治療を維持するためには莫大な金が必要だった。高校生ながらやれるバイトには何でもやってきた。どんな雑用を押し付けられても、どんなに周りの人から卑下をされて泥水を飲んだ気になろうとも、自分の時間を最大限に費やして稼げるそのたった1円までが惜しい。そうして半年俺は舞の回復をこれでもかと信じて待っていたのだ。改めて人は不思議だ。火事場の馬鹿力という言葉があるようにどんなに打ちのめされても、手から血が噴き出ていても俺は笑っていたという。バイト先の友達から聞いた話だ。だから、俺のあだ名は「ピエロ」だったそう。
でも、どれだけ楽しいサーカスにも疲れ果てた会社員を乗せた電車や、バスにも1日が経てば終焉を迎えるように俺もピエロという仮面を外し、人間に戻る時が来たのだ。掛かり付けの医師に検査の結果、体のあらゆるところに転移が見られ、舞はもうその病気を蝕まれてしまったのだと言う。ものがスローモーションではなく、完全に時が止まったように見えた。なぜ舞なのだ。親の顔も知らないで育った今でも消えてしまいそうな儚いあの人はこれ以上何を悪いことをしたのだというのか。
舞の病室へ急ぐー。ドアを開けると舞はいつもと変わらない体勢で徐ろに目を瞑っている。
「舞、俺は…、おれは、」
声が震えて思うように話せない。こうしている時間も彼女は蝕まれ続けているのに。俺はただ崩れ落ちることしかできなかった。
それからはなるべく舞の側にいることにした。バイトのLINEの通知も全て一旦オフにしてこれまでとは違う、舞のためのに生きよう思ったのだ。今まで経験してきたバイトの面白い話だったり、行った回数は少ないが舞の憧れていた高校生活についてだったりこれでもかと話してやった。
こんな毎日でもいいから誰もこれ以上俺らから何も奪わないで欲しいと日々思いが募る。そうして病院の屋上で俺は一人冷たい風に当たりにくるのだ。
「ピロンッ」
LINEの通知が来た。誰からだろう、とたくさん溜まってしまった他のアプリとかの通知をかき分けながら探した。その通知をみた時、俺は目を見開いた。舞からだったのだ。ありがとう、の言葉は見えるのものの、その下がLINEを開かないと見れなかった。舞が目を覚ました。この事実が心から嬉しくて、LINEは一旦開かずにすぐに病室へ向かった。
なんだか騒がしい。遠くから聞こえてきたのは、
「舞さん。わかりますか?舞さん!」
まさかと思って駆け寄ると、舞はもう息を引き取っていた。いつの間にか夕方になっていて、主治医が
「12月14日〇時ー。」
これ以降は何も聞こえなくなっていた。看護師やその主治医が病室を出ていった時に俺は現実をようやく理解できた。涙なんてもうでない。ただただ、舞にこういったのだ。
「愛してる」
LINEも開きたいところだったがこれを見てしまったら本当に舞はいなくなってしまったことを痛感してしまうと思い見れなかった。
「愛してる」
もう一度。
「愛してる」
舞の顔を見ると微かに笑っていた。そこから一筋の涙が夕日によって反射し輝いていた。