開けないLINE
「今月の発病による死亡者はー。」
こんなニュースが流れて来てすぐに自分を塞ぎ込むようにテレビの電源ボタンを静かに連打した。
そして、バイト先からのLINEが来ているのを確認し、足早に目を通す。慣れたものだ。
「行ってきます」
朝8時、いつものように近くの大病院へ足を運ぶ。
俺の幼馴染の舞がここから居なくなってしまうまでもう長くはない。お互いに施設で育った身であるため、看取ってもらう親もいない。そんな中、俺は彼女を助けたかった。あの日、彼女が倒れる前。恥ずかしくて、後回しにして言えなかった事を言うために。入院や安定した治療を維持するためには莫大な金が必要だった。高校生ながらやれるバイトには何でもやってきた。どんな雑用を押し付けられても、どんなに周りの人から卑下をされて泥水を飲んだ気になろうとも、自分の時間を最大限に費やして稼げるそのたった1円までが惜しい。そうして半年俺は舞の回復をこれでもかと信じて待っていたのだ。改めて人は不思議だ。火事場の馬鹿力という言葉があるようにどんなに打ちのめされても、手から血が噴き出ていても俺は笑っていたという。バイト先の友達から聞いた話だ。だから、俺のあだ名は「ピエロ」だったそう。
でも、どれだけ楽しいサーカスにも疲れ果てた会社員を乗せた電車や、バスにも1日が経てば終焉を迎えるように俺もピエロという仮面を外し、人間に戻る時が来たのだ。掛かり付けの医師に検査の結果、体のあらゆるところに転移が見られ、舞はもうその病気を蝕まれてしまったのだと言う。ものがスローモーションではなく、完全に時が止まったように見えた。なぜ舞なのだ。親の顔も知らないで育った今でも消えてしまいそうな儚いあの人はこれ以上何を悪いことをしたのだというのか。
舞の病室へ急ぐー。ドアを開けると舞はいつもと変わらない体勢で徐ろに目を瞑っている。
「舞、俺は…、おれは、」
声が震えて思うように話せない。こうしている時間も彼女は蝕まれ続けているのに。俺はただ崩れ落ちることしかできなかった。
それからはなるべく舞の側にいることにした。バイトのLINEの通知も全て一旦オフにしてこれまでとは違う、舞のためのに生きよう思ったのだ。今まで経験してきたバイトの面白い話だったり、行った回数は少ないが舞の憧れていた高校生活についてだったりこれでもかと話してやった。
こんな毎日でもいいから誰もこれ以上俺らから何も奪わないで欲しいと日々思いが募る。そうして病院の屋上で俺は一人冷たい風に当たりにくるのだ。
「ピロンッ」
LINEの通知が来た。誰からだろう、とたくさん溜まってしまった他のアプリとかの通知をかき分けながら探した。その通知をみた時、俺は目を見開いた。舞からだったのだ。ありがとう、の言葉は見えるのものの、その下がLINEを開かないと見れなかった。舞が目を覚ました。この事実が心から嬉しくて、LINEは一旦開かずにすぐに病室へ向かった。
なんだか騒がしい。遠くから聞こえてきたのは、
「舞さん。わかりますか?舞さん!」
まさかと思って駆け寄ると、舞はもう息を引き取っていた。いつの間にか夕方になっていて、主治医が
「12月14日〇時ー。」
これ以降は何も聞こえなくなっていた。看護師やその主治医が病室を出ていった時に俺は現実をようやく理解できた。涙なんてもうでない。ただただ、舞にこういったのだ。
「愛してる」
LINEも開きたいところだったがこれを見てしまったら本当に舞はいなくなってしまったことを痛感してしまうと思い見れなかった。
「愛してる」
もう一度。
「愛してる」
舞の顔を見ると微かに笑っていた。そこから一筋の涙が夕日によって反射し輝いていた。
9/1/2024, 12:20:00 PM