深いため息をついて、仕事を終わらせる。決して疲れていたのではなくて、嫌になったんだ。
奴隷じゃないけどさ、傲慢な上司にヘコヘコ頭下げちゃってさ、嫌いなのに逆らえない。何とも言えない屈辱が、オレの精神を乱す。
「辞めます。」
辞職届とともにそう言った。
あんな傲慢で、ヘラヘラしてたあいつはもういなくて、「行かないで」なんて言われちゃったりして?必死に止めてくれると思ったのに…
あっそ、たったそれだけで、オレのことを片付けた。
きっと何処かでは構ってほしいっていう想いがあったんだと思う。何時も、誰にも構ってくれないから、今日だけは!ってきっと思ってたよ。
嗚呼、めんどくせーオレ。何だよそれ。気持ち悪い。
「行かないで」なんて言われてたら、本当に行かなかったと思うか? オレ…
テーマ-【行かないで】
「ユウちゃん、お昼何食べたい?」
「いいよ。ばぁちゃん、俺買ってくるからここで待ってて。」
「あら、そう。わかったわ。行ってらっしゃい。」
もう七年も使ってる古い靴を履いて、歩きでスーパーに行く。真上に廻る太陽を見上げ、涙を溢れさせないようにする。
いつからか俺のことを、俺がまだ小学生の頃の呼び名「ユウちゃん」と呼ぶようになった。
認知症だと気がついたのは俺が会社でまだ働いていた頃、おばぁちゃんの家に住んでいた。夜遅くまで働いていて、帰るのが遅くなってしまった。深夜に帰ると、家にばぁちゃんが居なかったのだ。心配になり、警察に連絡すると、近所の公園で、ユウちゃん、ユウちゃん、と言いながらブランコを眺めていたらしい。警察から認知症の可能性があると言われて発覚した。
正直言って、悲しかった。悔しかった。
こんなことを言うのはよくないとわかっているが、あえて言わせてもらうと、「死んだと同じ」だと思ってる。今の俺を見つめてくれない。知らない人を介護しているような、そんな感覚。
ため息の毎日が続くならどうか、少しでも望みがくれると嬉しい。周りからの共感じゃなくて、ばぁちゃんからのプレゼントなんかでも嬉しい。ただ、ばぁちゃんはまだ死んでないという確証が俺にわかるようなものが欲しい。どうか……どうか……
「ばぁちゃん、買ってきたよ。温めるから待ってて」
「ユウちゃん、おいで」
「なに?」
「ユウちゃんにプレゼント」
布の袋が目の前に置かれる。
「お誕生日おめでとうね〜」
「覚えて行くれたんだ……
……ありがとう」
テーマ-【子どものように】
書けませんでした…
テーマ-【静寂に包まれた部屋】
「お母さん! 受かったよ、大学」
私は大学受験の結果を見に行った。その結果合格だったのだ。
片道六時間の大学にワクワクとドキドキを抱えながら向かう。自分の受験番号と貼り紙を照らし合わせると、そこには自分の番号があった。もちろん興奮していたのだが、手元にあるスマホでお母さんには伝えず、口で伝えることにした。
「お母さん! 受かったよ、大学」
お母さんは目を大きく開き、まるでお母さんのところにしか光が存在しないかのように輝いていた。
「良かったわねぇ〜! 私も嬉しい…」
そう言ってお母さんは泣き出した。合格を発表したときとは反対に悲しげな顔をしていた。
理由は片道六時間の大学を今の実家から通うのは現実的に考えて厳しい。だから…引っ越さなきゃいけない。きっと、悲しそうな表情は「別れ」を悲しんでいるんだろう。
引っ越すことを止められはしなかったが、心配そうに見つめている。ずっと、ずっとずっと。
「お母さん。そろそろ実家(ここ)を出る」
「うん。あのね、最後に言いたいことがあるの。もし今度、自立することがあったら…って」
下を向いていたお母さんの眼はまっすぐこっちを見ている。
「あなたは私の本当の子じゃないの。本当のお母さんは私の姉なのよ。」
自立することがこんなにも大きなものを動かすのかと、これは夢か疑った。もう一度訊き直しても同じ返答が帰ってくる。
「あなたのお母さん、そして私の姉は、あなたをここにおいて消えたの。私の母はその時もう亡くなっていたし、お父さんも認知症を患っていたから、会社等を除けば姉を覚えているのは私しかいない。今、どこにいるのかもわからない。別れの際にあなたにこう言った『私みたいな道を辿らないで』と。それを私は見届けたきり、見たりもも、話したりももしていない」
新しい住居に向かうバスでほぼ無心に近かったと思う。今の私は、今のお母さんを受け止めるべきか、それとも本当のお母さんを探すべきか…
✻
お母さんは誰かに電話を掛ける
「もしもしお姉ちゃん? いまそっちに向かってる。だからもうすぐ出会えると思うよ」
『ありがとう。ここまで育ててくれて。親という形ではどうしても再会できないけど、大家として精一杯サポートしたいわ。本当にありがとうね』
お母さんは笑顔を完全に消して、闇のように暗い顔へと変化していく。
テーマ-【別れの際に】
「結婚を前提にお付き合いさせてください」
俺は初めてこんなに人を好きになった。
初めは一目惚れだったか社内で彼女を見ているうちに彼女しかありえないとまで思ってしまった。
俺の告白への返事は「YES」だった。
付き合って三ヶ月。お互い両親の許可を得て同棲を始めた。夢のような毎日が始まった。
付き合って五ヶ月。俺の誕生日の日だった。彼女は俺のために予定を立てて満足できる誕生日を迎えた。いつも家事を頑張ってくれている彼女には改めて感謝したいと思う。
付き合って十ヶ月。何が起こったの思う? 俺は彼女の誕生日だったから、ずっと行きたいと言っていたある遊園地へ連れて行った。そこは俺も行きたい場所だったから二人共楽しめたと思う。彼女は、ライトアップされた遊園地を上からみたい、と言ったので観覧車へ連れて行った。タイミングよく観覧車の一番高いところで彼女はこういった。
「結婚してください」
俺は観覧車にいるのを忘れて飛び跳ねた。
結婚して二ヶ月。彼女のお腹の中には赤子が一人いる。愛を一生懸命に注ぐことをここに誓う。
「生まれましたよ〜。元気な男の子です」
俺と彼女は目を合わせて泣いた。ワンワン、子どものように声を出して泣いた。
それからというもの家の分担がはっきり分かれた。妻は家事全般、育児全般。俺は仕事、仕事がない日は家事。どういうことだ、俺は赤子を育てられないのか? 我慢できない。
俺の子どもは幼稚園に行った。何しているかは今までと違って別に気にならない。妻からは仕事だけやってればいいと言われたようなものだから。
子どもが消えたんだ。妻が幼稚園のバス停に送っていって、いつもならバスまで一人で待てていたのに、バス停にいないと幼稚園から連絡が来た。何してるんだ? 俺の妻は何をしてる。なんかもうつかれた。いろいろとな。
俺はこの日記に愛を注ぐことを誓った。でもどうだ? 妻は俺に育児の分担を分けなかった。涙を流したのは俺なのに。話は変わるが警察も捜索を諦めた。誘拐された可能性も調べてもらったが警察犬についていくと山の奥に近づくから、恐らくは遭難だと言われたが真相はわからない。俺の妻はなんだか騒いでいるが、正直に言って俺は何も思わない──と言ったら嘘になるけど、今まで成長を見届けていない人間に、もしどこかへ消えてしまっても、妻ほど悲しくない──のだ。
大事にしたいと思っていたものは妻が亡くし、俺が最初に大事にしたいと思っていたものは、俺の前から突然消えた。離婚届を机の上において。横に置いてある紙にはこう書いてあった。
「あなたが結婚するとここまで性格が変わると思いませんでした。私にあの子の責任を押し付けるやら、私を殴りましたよね? 一回だけだと思っていましたが、仕事から帰ってくるなり私は毎日腹に殴られました。変わらないで欲しかったです。殴るのが愛なら、歪んだ愛は私は受け取れません。どうかお元気で」
テーマ-【大事にしたい】