病室の隅で背中を丸めてしかめっ面をしているじいさんに僕は言った。
「じいさん、死ぬの怖い?」
じいさんは、こっちを静かに見つめてかすれた声で「さあな」と呟いた。じいさんが怖いと言わなくてほっとした。何故だかは、わからないけれど。
僕はじいさんが好きだ。
だから一人でいたいんだ。
君に依存してしまうから。
君なしじゃ生きていけないからだになるから
先生のその澄んだ瞳に対等に映る事ができるような私になりたい。
放課後、日直の仕事で黒板を消している時だった。
「ああ、佐々木さんありがとうございます。」
そう言われて振り返ると担任の冨田先生がいた。
「先生、いらっしゃったんですか」
「はい、日誌を君からもらいにきました。」
先生だ。胸が痛い。私は、先生がずっと好きなのだ。
「あっ、日誌ちょっと待ってて下さい。」
鞄を開けて探ることさえも手が震えてまともに出来ない。
がっしりとした先生の肩を眺めていることしか出来なかった。高校生活二年間ずっと。私は、臆病で人見知りでおとなしいから、先生の顔をあまり凝視したことがない。気持ち悪いと思われるのも嫌だったからだ。でもたまに目が合ったとき、彼の瞳があまりにも美しくて艶やかで私はこの瞳に映る事ができるような人間になりたいと思った。
「お願いします。日誌遅れてしまってすみません。」
「ありがとう。」
「はい。すみません。」
「ははっ、君は真面目ですね」
「ごめんなさい。」
いつも私は謝ってばかりだ。
「どうして謝るのですか、」
「いや、なんか、ちょっと。」
また目を見て言えない。それが辛い。こういう自分が本当に嫌いだ。
「佐々木さん無理にね、目を合わせようとしなくていいですよ。・・・私は、佐々木さんのそういう真面目で一生懸命な所、とても感心します。いつも本当に頑張ってますね。ありがとう。」
「はっ、はい。」
泣きたい。先生、貴方を好きになって良かった。冨田先生は既婚者で子供もいて立派なおとうさんで立派な先生だ。私の恋は叶わない。でもいいのだ。貴方という存在を愛することができた。もうそれだけで。