私の人生は常にお先真っ暗な状態だった。
母は幼い頃に蒸発。
父と二人で暮らしてきたけど、つい先日父は過労死した。
祖父母も私が産まれる前に亡くなってるし、
頼る宛なんてどこにもない。
孤児院に引き取られたけれど、そこの人とは気が合わなくて
私は今一人ぼっちで古いアパートに暮らしている。
自分が高校生だったことが幸いして、
バイトも問題なくすることができたし、
学校に行かなくても世間から何か言われることは無かった。
アパートの人たちも優しい人ばかり。
特に隣に住んでいる根室さんは、いつも私を気遣ってくれて
手作り料理を振舞ってくれたり、週末になると
色々なところに連れて行ってくれた。
他人なのにこんなに優しくしてくれるなんて…。
いつか私もこんなふうに誰かを助けてみたいと思った。
根室さんみたいに、強く優しく頼りになるような女性になって、
誰かの心を少しでも救ってあげたい。
そんな志を持っていたある日、私はふと聞いてみた。
いつも疑問に思っていたことを。
「 根室さん。 」
私に呼ばれると、根室さんは私の方に顔を向けた。
「 ん〜? 」
「 根室さんは、どうして私を気にかけてくれるんですか? 」
根室さんは私の問いに驚いたように目を見開くと、
少し笑ったように言葉を返した。
「 …迷惑だった?w 」
「 いえ!とんでもない…!寧ろ助けて貰ってばかりで…。 」
私が手を横にぶんぶん振る様子を、彼女は可笑しそうに見つめていたが、
間もなくしてつと切なげな表情を浮かべた。
「 …あたしさ、実はずっと独り身だったわけじゃないんだよ。 」
意外だった。
「 そうなんですね…。 」
「 うん。子どももいた。女の子。 」
皮肉だね、と根室さんは笑った。
何のことだろう。私は首を傾げる。
「 あたしの子どもの名前、あんたと同じ名前なんだ。 」
私ははっとしたように顔を上げた。
根室さんは私の方を見ながら、ははは、と乾いた笑い声をあげる。
「 瑠衣。めちゃめちゃ可愛かったんだ。 」
私はそっと俯いた。何も言えなかった。
「 ほんとはずっと一緒に居てやりたかった。
瑠衣の思春期も見てみたかったし、時には喧嘩して
次の日には笑って仲直り…みたいなのも体験したかった。
瑠衣の体育祭とかには仕事休んで行って
瑠衣の頑張りをカメラに押さえてみたかった。 」
根室さんは、目に涙を光らせていた。
「 でもさぁ…運命って残酷だよね。
医者に瑠衣はあたしの子どもじゃないって言われた。
そんなわけないって。私は信じたくなかったし、
何よりこんな可愛い子があたしの子どもじゃないなんて
絶対嘘だって。 」
…とある母親は涙を拭った。
「 実際…ミスだってことが後に分かった。
だけど…少し遅かったんだなぁ。
もう旦那とは決別して、家出てった後だったから。
瑠衣には嫌な思い出しか植え付けてないけど…
会えたら一言言いたいんだ。 」
お母さんは、前を向いて言葉を続けた。
「 あんたを産んだのはこのあたしだよって。
信じられないかもしれないけど、あたしなんだって。 」
気がつけば、私の手は根室さん…いや、お母さんの方に伸びていた。
お母さんの体に抱きついて、肩に顔をうずめる。
母親の温かさ。これが温もりなんだろう。
「 ごめんね…ごめんね…お母さん。 」
お母さんが息を飲む音がした。そして、その後
お母さんの腕が私の体を強く抱き締めた。
「 …っはは、おかえり。瑠衣。 」
私の真っ暗だった人生に、一筋の光が差し込んできた。
〈 お題 〉
一筋の光
雪の降る夜。
教室のベランダには彼と二人きり。
彼は窓際に寄って、空を眺めている。
嗚呼…この時間が永遠に続けばいいのに。
「 雪…綺麗ですね。 」
私はそう言うけど、彼は何も言わない。
ただ黙って空を眺めている。
そんな彼を見つつ、私は静かに彼の隣に立った。
「 …先生。私は貴方を愛していました。 」
私の言葉を、彼は黙って聞いている。
「 どんな時も傍にいると。
貴方に命の危機があれば、自分の命に変えてでも助けると。
自分自身に誓っていました。
…実際それは叶えることが出来ました。 」
彼の目から一粒の涙が、流れ落ちた。
「 それだけで私は幸せなんです。
貴方を助けられた。貴方の生きる時間を奪わずに済んだ。
その事実が、とても嬉しいんですよ。 」
彼の口が開かれる。
泣いているせいか、熱っぽい吐息が出た。
「 馬鹿ですね。 」
彼は私に言葉を紡いだ。
私も彼に言葉を紡ぐ。
「 第一声がそれですか。 」
「 ほんと、馬鹿です。 」
「 酷いですね。生徒に馬鹿だなんて。 」
「 こうでも言っていないと… 」
「 堪えられない。なんて、先生らしくないですよ。 」
「 貴女がいない世界なんて… 」
「 …先生。 」
「 耐えられない。 」
遂に彼は嗚咽を漏らして泣き出した。
私は彼の背を優しく摩る。
「 生きてくださいよ。私のために。」
「 …っ… 」
「 先生を生かすために…私は今ここにいるんです。 」
私の言葉が聞こえたのかどうかは分からないが、
彼は微かに頷いた。
そして
「 …ありがとう。 」
それだけ呟くと、私の体をすり抜けて、
彼は室内に戻って行った。
永遠。
それは私が彼に望んでいたこと。
だが、それと同時に彼も私に望んでいたのだろう。
彼はそれを私が死んだ後に気がつくなんて。
「 …貴方も相当な馬鹿ですね。 」
何故かとても涙が止まらなかった。
自分の流した涙が、雪になって地面に降り積もる。
明日も、また寒くなりそうだ。
〈 お題 〉
永遠