秒針は忙しなく、カチコチと音を鳴らして、
何かに責め立てられるように、分針を追い越して。
何をそんなに急ぐのか、
別に怒りはしないのに。
お前がそんなに正しいから、
遅刻の言い訳も出来やしない。
時には急がず、立ち止まったら良いのに。
立ち止まって見えるものも、きっと有るから。
秒針はカチコチと規則正しく回り続ける。
そろそろ家を出ないとな。
時計は8時半を示して。
まだ回るなら良いけど、
止まっても捨てやしないよ。
遅れても俺が進めてやるから、
時には休んでも良いよ。
ドアを開ける、
後ろからは変わらず、カチコチと音が聞こえた。
#時計の針
珈琲とトーストの焼ける匂いで目覚める朝、
開いたカーテンからは春の陽射しと柔らかい風。
リビングからは人の気配、
私は彼女が朝の支度をしているのだと足音で察して、
起き上がろうとするが、鈍重な頭に暖かさは心地よく。
私はまどろみに身を任せて、夢に帰ろうとする。
ドアを開ける音がする、起こす声がする。
起きようかと思えども、頭は重く、声が遠くなっていく。
瞼を開ける。
暗がりの部屋は夜を示して。
冬の夜は冷たさを貼り付けたように冷たい。
足音は聞こえず、静寂が支配していて、
心臓の音が小さく響いた。
私はまどろみに身を任せて、夢に帰ろうとする。
鈍重なはずの頭は嫌に冴えて、それを拒んだ。
#こんな夢を見た
美しい物が好きだった。
きっと美しくなかったから。
絵画や音楽、陶芸や彫像。
音楽から話声、自然とか星空。
全てが美しく思えた。
それは私にはないものだから。
特に憧れたのは心だ。
優しい人が何よりも美しく思えた。
それは私にはないものだから。
#美しい
「消えるならこんな日が良いな」
彼女はベランダで煙草をふかしながら言った。
外は朝日に照らされた、雪が輝いていて、
「雲海みたいで綺麗じゃない」
それはいつか乗った飛行機からの景色に似ていた。
「天国の景色もこんな感じなのかな」
感嘆で漏れた息が白く輝く、
魂に色があるなら、きっとそれはこんな色だろう。
「綺麗でもやっぱり朝は冷えるね」
そう言って笑う笑顔には、
一つの陰りすら見つけられなかった。
「でも、こんな朝が好きだな」
私も冬晴れの朝が好きだよ。
「日の有り難さがわかるじゃない」
そうだね、
でも、寒くないと、
暖かさの価値がわからないのは、
悲しいことだと思うよ。
「こんな朝に思い出して」
笑顔で吐いたタバコ混じりの白い息は、
白銀に輝いて、
それは命そのものに思えた。
#冬晴れ
永遠は無いと知りながら、
それも求めるのは愚かだろう。
いつの間にか歳をとった。
年の暮に思うのは何度目だろうか。
変わらない様に見えても、
何か変わっているのだろうな。
俺も街も何もかも。
よく行ってたあの店も潰れたよ、
安酒で吐くまで呑んだあの店も、
小洒落た喫茶店に変わってたよ。
変わらないのは呑んでる面子だけだな。
何時まで続くかな。
知らないけど、来年は呑んでる気がするよ。
変わらないものはないけど、
出来るだけ続いたら良いよな。
またくだらない話をしよう。
また歳をとったなんて言いながら。
#変わらないものはない