ところにより雨
どうしてだろう。
みんな、心に雨が降って傷ついたら、或いは傷つかないように傘をさす。又はさしてくれる。
でも、あなたは拒否しちゃった。
大人の手も振り払い、家族にも虚勢を張る。
そんなことしたら、心の雨は土砂降りになるのは分かってるはずなのに。
どうして、自ら辛い事を選ぶの?
ちゃんと見てよ。
世界は、そんなに雨ばかりでも、傘をさしてくれるひとはいるよ。
ちゃんと見てよ。
世界は、晴れの日だってあるでしょう?
そんなに雨続きだと、いつか沼になって溺れちゃうよ。
ねえ、たったひとこと
「助けて」
どうしたら、あなたはそれが言えるようになるのかな。
いつになったら、あなたの心は晴れるようになるのかな。
ねえ、傘から逃げないで?
特別な存在
私ね、子どもの頃は自分からは全然喋らない、静かな子だったの。
その分、ひとの秘密とか、悩みとかも、他の人には言いふらさなかった。
(言うほどの相手もいなかったし)
だからなのかな。
よく
「実はね、……」
って、秘密の話。
あるときは、その子の家のなかの悩み。
あるときは、ほんとは嫌いなあの子の話。
そういうのを、帰り道で聞いては。
「……そう、なんだ」
と。
特別驚くとかでもないけど、アドバイスとかもしなかった。できなかった。
それでも、同じ人から
「前に話したやつなんだけど……」
そうして聞く事が何度かあった。
「ほんとは誰かに聞いてほしいけど、広まってほしくはない」
「アドバイスなんて求めてない。ただ、話して少しスッキリしたい」
そういう意味では、私は適任だと判断されてたのかも。
人は、秘密やゴシップが大好きだからね。
でも、上から目線や、下手なアドバイスはきっと求められてはないんだよね。
「特別な存在」って、なにもクラスのリーダーとか、よく話す友達に限るわけではないと思う。
その人のちょっとした行動や、言動次第で、なろうと思えば勝手に誰かの「特別な存在」になってるんじゃないのかな。
バカみたい
小学校の運動会、〇〇メートル走。
だいたい一人くらいからは、最後になりたくないからって
「一緒に走ろう?」
って、声かけられる。
いわれるがままに、そうしてた。
「一緒に走ろう」
ほんと、なんでそうしてたんだろう。
で、中学生になり。
さすがに「一緒に走ろう」は誰からも言われなくなった。
よし、好きに走ろうっと。
結果は、今はちゃんとは覚えてないけど、たしか1位か2位にはなってた。
うん、走るの楽しい!
ほんと、なんで遅く走って、どんくさい人認定されてたんだろう。
バカみたいだよね。