私には使命がある。
コレを届けるのだ。
コレさえ届けられたら、
この命が尽きても構わない。
相棒がコレ待っている。
コレが何なのか、
私は知らされていない。
でも。
コレがあれば、
戦争が終わるかもしれない。
コレがあれば、
命が助かるかもしれない。
コレを届けるのだ。
たとえ嵐が来ようとも。
―――Carrier Pigeon
#26【嵐が来ようとも】
夜の帳が下りる。
櫓から、四方に延びた提灯の列に明かりが灯る。
太鼓・三味線・笛の音、男女混声の唄。祭囃子が辺りに響き渡る。
「死者に逢える盆踊り」
そう噂される地元の盆踊りは毎年、全国各地から大勢の人が押し寄せる。みんな、逢いたい人がいるんだな…。斯く言う私も、今年に限ってはその仲間入りだ。
その知らせは4ヶ月前。陽気な春の昼下り、突然のことだった。
友人からかかってきた1本の電話。もたらされたのは、恋人の死。たちの悪い冗談かと思った。少し遅いエイプリルフールとか。笑って流そうとしたが、流させてもらえなかった。
恋人の死、それは紛れもない事実だった。
世界から色が消え、私は抜け殻となった。
しかし、抜け殻であったとしても日常は待ってはくれない。抜け殻のまま家のことをこなし、抜け殻に笑顔を貼り付けて仕事をこなした。
そうしてようやく日々を過ごしていたが、恋人のこととなると、その抜け殻さえ崩壊した。医者や警察の話であっても、上手く聞き取れない。ああ、人ってこんなにも呆気なく死んでしまうものなんだな…と薄らぼんやり思考を巡らすばかりだった。
世界の色は消えたままだ。
恋人の死から3ヶ月ほど経った頃、仕事からの帰り道、何処からともなく太鼓と三味線の音が聞こえてきた。
盆踊りの練習が始まったのか。そうだ、盆踊りだ。恋人に逢えるかもしれない。そう思った瞬間、世界に色が戻った。
地元だというのに、これまでろくに参加してこなかった盆踊り。「死者に逢える」というのがどういうことなのか、よく知らないどころか胡散臭いとさえ思っていた。でも今年は逢いたい人がいる。ちゃんと調べてみようと思い、お囃子を練習している公民館へ行ってみた。
入口に近付いたその時、中から人が出てきた。あの時、電話をくれた友人だ。驚いたような顔を向ける友人に向かって、久しぶり、と声をかけた。
そうか、と友人が言った。今年の盆踊りでどうしても亡くなった恋人に逢いたい、そう伝えたのだ。
友人は代々お囃子を担う家の生まれで、今は太鼓を担当しているらしい。渡りに船とばかりに、「死者に逢える」ことについて詳しく聞いた。
死者と逢う為の決まり事は、
一、盆踊りは必ず面をつけること。
二、もし逢えても、面を外してはならないこと。
三、もし逢えても、会話をしてはならないこと。
四、もし逢えても、踊りの輪から外れてはならないこと。
五、祭囃子が終わったら、必ず相手から離れること。
この5点を厳守すること、だった。
もし守らなかったら?と問うと、戻って来れなくなるよ。友人はそう言って、悲しそうに笑った。
詳しく聞きはしなかったが、きっとそういう話を知っているのだろう。
夜の帳が下りる。
櫓の周り、提灯の下。死者に逢いたい人たちの輪に入り、祭囃子に合わせて見様見真似で踊る。全ての人が面をつけているから、どれが誰だか解らない。異様な空気感の中、踊り続ける。
しばらくすると、輪の外にいたはずの人たちが見えなくなった。ああ、時が満ちた、そう感じた。踊っている人たちの隣にぼんやりとした輪郭が次々と浮かび上がる。そして私の隣にも。
面をつけているが解る、これは私の恋人だ。同じ空間同じ時を過ごせることの幸せを噛み締める。
しかし、面を外せず会話もせず踊りもやめられず、そんな状況に耐えられなくなった私は、面を取ろうとした。その瞬間、恋人がそれを止め、斜め前を指差した。そちらに目を向けると、私と同じ様に耐えられなくなったであろう人が、面を外していた。するとどうだろう、その人は顔を苦痛に歪めながら消えてしまったのだ。
驚き恋人の方へ顔を向けると、首を横に振った。涙が止まらなかった。恋人も泣いているのが解った。
どれくらい踊っていたのか。とうとう祭囃子が止まった。恋人と抱きしめ合い、そっと離れた。
輪の外のざわめきに気付き目を向けると、いなくなっていた輪の外の人たちが戻っていた。ああ、終わったんだ。そう悟った。
振り返って見る勇気はなかった。でもそれで良いと思った。
あの時止められていなかったら。私はこちら側へは戻って来れなかった。恋人に「生きてくれ」そう言われた気がした。
―――祭の夜
#25【お祭り】
私には天使と悪魔が憑いている。
私が決断しようとするたびに、両サイドから好き勝手囁いてくる。
{コッチの方がイイヨ
いやいや、アッチでしょ}
あまりにも長くあまりにもしつこいので、ある日とうとうキレ散らかした。
すると何処からともなく神様が現れこう言った。
"アナタたちがそんなにかまわなくても"
"その人間はもうすぐ死ぬから"
それを聞いた瞬間、あんなにベッタリだった天使と悪魔が、あっさりといなくなった。
心の底から安堵した。
「ああ、これで心置きなく好きなように死ねる。」
―――シボウ理由
#24【神様が舞い降りてきて、こう言った】
話を聞こう 頷こう 相槌を打とう
励まそう 慰めよう 肯定しよう
泣こう 悲しもう 打ちひしがれよう
怒ろう 叱ろう 忠告しよう
笑わせよう おどけよう 道化になろう
静かに消えよう
―――私ができること
#23【誰かのためになるならば】
ここは暮らしやすい。
四季はあるが年間通して穏やかな気候。
緑豊かで常にキレイな水で満たされている。
少し行けば岩肌見える丘陵地。
反対を行けば腰掛けられる巨大な流木。
この広く静かな世界に小さな私1人。
ある日。
天から金色の鳥籠が降ってきた。
ゆらりゆらりと。
砂を少し巻き上げ着地した。
少し傾いている。
遠巻きにそっと見ていたがそれ以降動きはない。
またある日。
丘陵地から戻るとレトロな橋が建っていた。
ここに…橋?
金色の鳥籠は流木の袂に移動していた。
そして今朝。
目が覚めると生き物が増えていた。
自分と姿形は似ているが自分の方がかなり小さい。
20ほどいるだろうか。
一気に騒がしくなり目眩がする。
どこか避難できる場所を探す。
流木に近付くと鳥籠がキラリと光った。
するりと中に入ると静けさが戻った気がした。
網目の幅からして入れるのは自分だけ。
安息地を得られほっとひと息つく。
これからはここを棲家とする。
魚なのに鳥かごとは妙なものだが。
―――アクアリウム
#22【鳥かご】