不意に保健室の匂いがした。ツンとした匂い。
まさしくそれだと思った。彼女は消毒だ。
僕の負った心の傷を彼女が消毒する。治すために痛みに耐えないといけないなんて、なんて理不尽なんだ。
今の僕には彼女の声はしみて痛くて、もうこれ以上優しくしないでほしいと思った。やさしさなんて結局エゴだ。今の僕には消毒も点滴も何もかもがいたかった。
/やさしさなんて
その体温も髪の毛も、何度も想像してきた。今もまだ巨人から頬を叩かれて夢だった!なんてあり得るかもしれない。
けれど、目を開けた君が嬉しそうに微笑むのが全てだった。夢みたいだけど、夢じゃない。俺にとってそれがどれほどの幸福をもたらすか。どうせこんな事を伝えれば、君はよっポエマーとバカにするから言ってやらないけどね。
/夢じゃない
正論は時に暴力だ。効率は時に不正解だ。
効率や正論だけが全てじゃない。心の中にある迷い、そしてそれを考えるまでの思考を心の羅針盤とする。たまには、東西南北とは書いていないその羅針盤に身を任せてみる。あなたの歩むその先に、大切な仲間が待っているから。
/心の羅針盤
宙を舞う。風の流れに身を任せふわふわと進んでいく。点滴が取れない左手を、不自由に少し伸ばしてその泡に触れる。
僕だって、泡になりたい。泡になってふわふわと自由気ままに舞って、そしてパチっと消えてしまいたい。
どうせ今僕が泣いても、背中をさする人は何処にもいないし。
/泡になりたい
コンビニで買ったいつもの炭酸水は今日も無味で安心する。パチパチと口の中で弾ける感覚が喉を通って気持ちいい。
なにかと嫌味を言うその見失いそうな黒服を、俺はじっと見た。
ぬるい炭酸と無口なあんたは似ても似つかない。俺の手の中にあるこの炭酸と、俺の手の外にあるこの人は、なんも似ていないのに、あっという間に弾けていなくなる炭酸のような儚さだけは、あまりによく似ていた。
/ぬるい炭酸と無口な君