その笑い声は、風鈴の音に似ていた。
低い声なのに、笑う時だけキャッキャっと高めの声になる。その音はまるで夏の風物詩で冬でも笑うたびに涼しく感じるから不思議だった。
「はやく歩かないと置いてくぞ」
前を歩く彼がそう言った。風鈴の音に乗せて。
この音を思い出にしないため、自分も笑いながら影を追うのだった。
/風鈴の音
眠る前が好きだった。今日はどんな物語を見せてくれるのだろうと、ワクワクするから。
夢は一体どういう仕組みで出来上がっているのだろう。頭の悪い僕には何にもわからないけれど、学者すらも証明出来ていない事を嬉しく思う。まだ我々には未知な部分がたくさん存在しているのだ。
辛い日々も楽しい日々もある。夢は現実じゃ到底出来ない事ばっかりだ。
まるで心だけ、逃避行。僕は今日も明日を生き抜くために、心だけ逃避行をする。
僕が僕でいるために、逃避行をする。
/心だけ、逃避行
君となら、旅に出てもいい。
その言葉に嘘はなく、そしてそれが不器用なあなたの精一杯だともう分かっていた。
冒険をして、失敗して仮に不幸になってしまっても、君とならそれで良い。
都合の良い解釈かもしれない。拡大解釈ではあるかもしれないけれど、真相は聞かないことにした。夏の暑さが真相を確かめることを、拒んでいるから。
/冒険
あの日が、まだ昨日のことのように脳に刻み込まれている。細胞レベルで記憶している景色が忘れさせてくれない。
あなたのまつ毛の長さを知った時、嬉しすぎて浮かれすぎて眠れなかった夜を君は知らないだろうね。
あの日の景色を、君の体温を、柔らかさを、僕は忘れることが出来ないでいる。
/あの日の景色
あの日から七夕は嫌いだ。
「楽しく過ごせますように、ずっと一緒にいられますように」
そう、短冊にはこの手で書いたのに。僕はあっという間に一人になった。あっという間に、母も父も妹も失って、親戚の家を転々として結果施設に入るなんてお願い事をした時の自分は到底信じられないだろう。
買い物に行くと誘われたけれど、断ってしまったから。僕があの日ゲームをしていたから。宿題が終わっていなかったから。もし、着いて行ったら僕だって三人の元へ行けたのに。
僕は七夕が嫌いだ。神様も嫌いだ。願い事も嫌いだ。ぜんぶ、僕を一人にするから。
/願い事