母よ、その胎児が女だと判れば、矢庭に其れを堕ろしてくれ。将来、おまえの夫が劣等種と嘲るのだ。
父が購い与えてくれた唯一の絵本を売りはたいてしまったと、家に帰りはたと気が付いたとき、これはヴァージンをも売るしかないと思ったのです。それは酷い、酷い、絶望でありました。人でなしでありました。
五月は好き。美しい思い出がたくさんあるから。
立派と背を押してもらったこと。
風の爽やかなドライブに行つたこと。
あの子と一日遠出したこと。
あの子と街を巡つたこと。
文具屋を調べ步いたこと。
茶色い化石の眼窩を眺めたこと。
新綠の木漏れ日が美しかつたこと。
乾きのグラウンドで一人黃昏たこと。
終わりを密かに意識したこと。
旅の計畫をしていたこと。
一人生きる未來を思い描いていたこと。
午前の水が美味なこと。
美しい音樂を聽いていたこと。
人閒であることについて考えたこと。
中原中也を思い出すこと。
あの子と朝まで通話したこと。
文化的な日々であつた。人生の中で唯一な。
豐かで詩的な日々であつた。
あ。遂に私も慰安婦になり得る歳になったのか。
歴史は動かなくても、時は動いている。悪戯に。
意識がなくても思い出すことは、
どうやら何かあるらしい
眠りこけた授業中に、
頬を撫でたすがしい風があったようだ
それは数年前のドライブで浴びた、
涼やかな風に似ていたようだ
奇しくも重なっていた季節は、
私に深く刻まれていたようだった
何を思ったのかそこで私は
醜いお前を見たんだな
まだ親子をしていたころの
奇麗な記憶がつらつらと
美しい夢を見たんだな
ああもういちど、
あの林をくぐり抜けられたらいい。
もういちど、
海で切ないことを言ってくれ。
そうしたら、瓶にでも入れてとっておくから。
どうか
寝起きの心の軽やかさが、さわやかさが。
何よりも私を傷つけたんだな
夢にみるのはそこばかりか!!