その双眸越しに、己の過去を見ている。
まるでわたしが水子に成り損なったのを、
見抜かれているような、
指摘されているような、
酷く懐かしく、心が騒がしくなるその瞳に
逃れるように、口を開いた。
これは零からの、0からの、nilからの、
無に成る筈だったわたしからの、
音のない
さ
え
ず
り。
《0からの》
いいなあ、お前は。
家がなくても、親がなくても、
お前は山羊で、それが当たり前なんだから。
いいなあ、お前は。
覚えてなくても、辛くなくても、
お前は山羊で、それで生きていけるんだから。
いいなあ、お前は。
傷があっても、傷がなくても、
お前は山羊で、周りも山羊だ。
他には誰も、何も知る由なんてない。
――人間様は社会的だから、
家がないとか、親がないとか、
いちいち溢れて、咎められて…
その点やっぱり、
いいなあ、お前は。
ものも言わない、いいなあ山羊は。
人間の世界にいること、
それすなわち、
人間以外を諦めること
青い空は今日も憎らしく、
人を見くびりきっている。
例えば車窓に預ける頭も
それらはすべて、美しいあなたの模倣だ
忘れてしまえるわけではない
ただ、ずれて重なる輪郭の片方が
徐々に矯正されていくので
私は、オリジナルの代わりを認識してしまう
……どちらを見ている?
淘汰され色代わり往く記憶を
あと何日、愛せるだろうか