頑張ってるのに休めないから、「休んでいいよ」の代名詞がほしかった。「君は病気だね」って。そしたら、ほら、副音声。『落ち着くまで少し休もうか』。ふふ、ね、聞こえてくるでしょう。ごめんなさい、不謹慎だよね。ほんっとうに、最低なこと。でも、私にとってはとても、甘美な響きなんだよなあ。
働ける歳だけど、働かない。赤点ばっかとるから働けない。
勉強しなきゃいけないけど、勉強はやっぱり身が入らない。
健康じゃないけど、病気でもない。
こころがいたいのにびょーきになれない。
それは所謂健常者。
つまるところはなにも背負ってないってことだから、冗談でも休むなんて言っちゃいけない。
やすめない。だって今休めば怠けてるだけ。
やってるのは無駄な呼吸だけ、金食い虫だけ 。
…からだは辛いんだけどなあ、やっぱり、もっと頑張らないといけないのかなあ。
__破れた服を縫って、父の帰りを待ってたんです。
勝手に服を買ってプレゼントしたら怒られるから、せめて今ある服の手入れをしてあげたいと思って。父は、たった一人の私の「かぞく」なんです。私はそう思ったことないけど、父は「かぞく」ってこだわります。あのひと、自分からわざわざ人が離れるようなことをするのに、馬鹿ですよね。でも、私は逃げ損なった。だから、娘になった。それで、娘ってたぶん、こういう健気なことをするんですよ、たぶん。だから、喜んでくれるかなあって。私だって「かぞく」って憧れるし、たった一人の肉親だから、機嫌がいいときの父は、どうも、やっぱり嫌いになりきれないんですよ。だから服を縫いました。あわよくば、これに気づいた日は機嫌がよくなればいいなって。あわよくば、これに気づかれた日は私も普通の人間になって過ごせるといいなって。これを発端とした何か…具体的には何かわかんないけど、普通の家族にも起こり得る何か…が、起きたら、「かぞく」を知ってるって、優越感に浸れるかもしれないと思ったんです。
父の帰りを待ちました。そういや、父はもう一ヶ月休みをとっていません。学歴がなくて、組織に就くと、必然的に高卒だとか大卒だとか、"親のお陰で努力できる環境にいた人"と比べると、酷い労働環境で働かされるんだとか言ってました。私はもう16です。働ける歳です。だけど学歴のために、若さと時間を浪費して、中身も理解できない授業を聞き流すために学校に通っています。ありがたいことに、父がそうさせてくれたんです。学歴がないと、女は何も出来ないらしいですよ、社会って言うのは、大人って言うのは、全く怖いものですね。私は学歴のために今は働けないので、働いている父の所有物として、養われている身として、ありがたくそれらしい態度で成人までの時間を潰させてもらいます。あまり勉強へはのめり込まないように。あまり学生になりきらないように。あくまでも学歴のため。どうせ大学にはいけないんだから、父を、家事を優先して生活をしています。勉強についていくために勉強をすると、父は人間とは思えない形相で私をなじりました。何いっちょまえに勉強なんてしてやがる、家事が甘い、掃除が甘い、髪が落ちてる、家でまで俺に仕事させる気か、お前は他のガキとは違えんだ、甘えるんじゃねえ。かつて母を自殺未遂にまで追い込んだ手法です。しかし勉強より家事を優先すると、今度は勉強をしろと父は私に諭しました。何のために学校に通っている、中以上でありなさい。零か一かにしかなれない、私の不器用さを私は恨みました。父の気まぐれさが、私の極端さが、私が普通になることを諦めさせました。クラスメートに不恰好さを笑われながら、父の存在に怯えながら、私は下の上にしがみつき続けています。たとえ理解しきれずとも、知を得ることは大事です。世間の人はそれができるこの状況を、私の境遇を、「優しいお父さんのもとに生まれてよかった」と捉えます。ほんと、この家に生まれてよかったと、私も思います。働かされたらたぶん、私のダメさがまた目立って、父に何をされたかわかりません。はは、父は偉大ですね。そんな偉大な父が、帰って来たときには既にとても不機嫌だったんだから、ふふ、仕事って言うのはやっぱり、こわいなあと、ははは、もう笑うしかないや、はは。父は私が畳んだ服を血走った目で見ると、吐き捨てるように言いました。「クソガキが、まともに家事も出来ねえのか」。
うん、うん。…はい、すみません。畳み方が甘かったですか。はあ、不器用ですみません。無駄な呼吸をしてすみません。生まれてきてすみません。あなたの人生を駄目にしてすみません。……わかっていました。機嫌が悪いときはなにもかも、父の目には羽虫の死骸のように映るんです。「かぞく」がやった「かぞく」になるための「かぞく」の仕事も、それを終わらせた「かぞく」すら。羽虫の死骸です、死んだ虫です。自分のテリトリー、綺麗な我が家におちていたら、余すこと無く腹立たしいゴミ同然のそれが、一五○センチもの大きさをともなって目の前をちらつくっていうんだから、うん。怒って当然のはずですよね、あなたも怒りますよね。そんなことをされたら、例外なく全人類……私すらも、いらいらしてくるはず。たぶん、きっと、メイビー。捨てられた私と服は、そっと別室に避難しました。
驚きです。どうやら、私の本心は、父に喜んでほしかったようなんですよ。父を思って縫って畳んだ服を受け取ってもらえなかったこと、無下にされたこと、少し残念に思った私がいました。どうせ父のことだから、機嫌がよくても「きたねえな」、ぐらいは言ってくるだろうと、もともと覚悟はしていました。いや、"する"ような仰々しい覚悟なんてのはなくて、日常の一部として何気なく思っただけのような、どちらかと言うと予測に近い覚悟でした。だけど実際、あの今にも殴りかかってきそうな顔を見ると、あぁ、あの人を普通の人には戻せなかったな、と、すこし悲しくなりました。私にとって優しい感情を少しでも持ってくれていたら、不機嫌に埋もれてしまった優しい部分が、私と関わることで引っ張られてまた戻ってくるかもしれなかった。浅ましくも、そう自惚れていました。でも、結果は惨敗だった。たぶん、私は唯一父にとって血が繋がっている人間だから、他の人間より「かぞく」に近くて、家族ごっこに都合がいいと、父は考えたんでしょう。それでなるほど、嘗て私のことを、「かぞく」と呼んだんだろうなと思い至りました。ゴミみたいな気分です。羽虫。羽虫の死骸のような気分ですよ。だって、理解が出来たんです。あぁなんだ、「かぞく」に縛られていたのは私の方だったんだ、と。今回、あなたに私が吐き出したかったのは、それだけです。ははは、はは、はははははは。…う、うぅ。ひぃ、いたいよぉ。こころがいたい。うぅ、うごけない。くるしい。いきをすうだけで、むねが、ほねが、はいが、きしんでいたい。いたい、いたい。いたい、『いたい』! こんなんじゃ、勉強なんてとてもじゃないけど、「怠けてんじゃねえよ」。はい、ごめんなさい、頑張ります。
ああ、休む許可がほしくて、あなたに喋りすぎてしまった。
…………………………こころのいたみで、微熱さえ出ればなあ。
《微熱》
中原中也の言葉が響かなくなりました
ただ活字のつらつらと流れるままを
染みる傷無く追うだけなのです
きっと、私の終わりは近いのでしょう
ダリの絵に不安感を憶えなくなりました
縁も所縁もない情動を心に携えて
ただ座る椅子を探しているのです
私はもう、息を吐くことすら億劫でしょう
密かにある街を求めていました、
それは恩師の故郷でありました。
燐火さながらの私の世話を、焼いてくれた彼の人の
しかしもういい、いいのです
脱け殻同然のからだを、温めようと袖を通した
ヒートテックで首がつまってどうも生き苦しかったので……
ここがさいはて、わたしのはて
あなたの故郷へもういけません
この身がその地を踏もうものなら
恩師を恩師と思うことすら、きっと忘れることでしょう
近い将来、命日となるであろう日を
知らずに既に十数回過ごしている事実。
くわばら、くわばら。
たしかあんなふうに人が死んだとき
集う親族は実に様々何か謳っていたものだ。
くわばら、くわばら。
はて、最期に残した異端な言葉が
生者を苦しめるほど偉いのか。
くわばら、くわばら。
くわばら、くわばら。
「飛び入り参加、果て雨読」
突然思いがけない巡り合わせから
自分の適性を見つけるさま。
また、ときには思いきりをつけることも大事である
という戒め。
とある少女が即興で参加した演奏会で才能を開花させ、以後それを己の武器として豊かな生活をしていることから。
__この諺は■■フィ■シ■■です。実在する■■や■体とは一■関係■■■■ん。
冬に晴れるほど、惨めなことはない
あゝどうか、あなたは嘆かわしいままでいて