(静寂に包まれた部屋)
いつもの朝、けたたましく何度目かのスマホのアラームが鳴る。
まだ眠気で意識がハッキリせずだるい身体を起こし、アラームを止める。
その時ふとスマホを見ると朝の7時10分だった。
これはマズイ。
この時間は私が『これ以上寝ていたら確実に間に合わなくなる』と設定した最終警告の時間ちょうど。
驚きと焦りで眠気がふき飛ぶ。
何故もっと前のアラームで起きなかった
何故もっと早くの時間に危機感を持たなかった
何故何度寝もしてしまったのか
そんな後悔が頭の中で次々と出てくる
私の上司は遅刻に厳しい、とんでもなく。
前に同僚が車の渋滞で5分程度遅刻した際には
計画性や事柄の予想、連絡の入れ方や時間がいかに大事かを数時間に渡り説教され、さらに数ヶ月に渡りネチネチとその事を言われていた
それが寝坊だなんて一番自分のミスが原因の理由で遅刻したらどうなる事だろう
確実にそれどころでは済まない
と言うかもはやあれはパワハラでは
いや、今はそんな後の事を考えている時間では無い、
全力で急がねば遅刻する
全力で急げばまだ間に合う可能性はある
あわあわと無駄にボタンが多い寝巻きを脱ぎ捨て
ハンガーにかかるスーツを雑に着る
そして寝癖は無視し髪の毛をある程度とかして…
そうやって大慌てで朝の支度をしていた矢先、
忙しく動かしていた腕や足がピタリと止まる。
一番重要な事を思い出した。
今日は祝日だ。
そうだ、別に急いで起きて支度する必要は全く無いんだった。
祝日出勤があったりする訳でも無い。完全なホリデーだ。
どうやら昨日寝る時に今日の分のアラームを消し忘れたらしい。
焦り損だ、と安堵と落胆のため息をつく。
今日が祝日で本当に良かった。
ありがとう今日の祝日を考えた人、
貴方様のおかげで一人の人間の社会的地位は守られました。マジ神。神をも超えた神。生まれてきてくれてありがとう、本っ当にありがとう。
顔も名前も知らない、今日のこの祝日を考えた人物を
脳内でこれでもかと言うほど褒めちぎる。
焦りながら着たスーツを丁寧に脱ぎ、ハンガーにかけ直した。
今日は休み、と言う幸福感と優越感に浸りながら、
とりあえず遮光カーテンを全開にして陽の光を浴びる。
さぁ、一体どんな事をして今日を過ごそうか。
そんな事を思いながら振り返り部屋を見渡す。
さっきまで寝坊だ寝坊と焦り、
ドタバタと騒がしかった部屋は
本当に同じ部屋か疑ってしまう程、静寂に包まれていた。
流れ星が光っている合間に、
三回願い事を唱えればその願いは叶う。
歌にもなっている、有名なジンクスだ。
そんな都合のいい話…、と
考えてしまうのは私の悪い癖だろう。
だけれども、こいつについては、
私も少し「叶うかもしれない」と思えている。
何の前触れも無しに流れてくる、
流れ星のわずかな間に願い事を三回言える。
つまり、その願いの事を常に考えている。
忘れることなく強い願いを抱えている。
願い事を叶えるためのチャンスは逃さない。
流れ星が光る間に願い事を言える人は
きっとそんな人だろうと私は考える。
流れ星はキラッと輝いたかと思えば
次の瞬間には夜空に溶けて消えているもの。
そんな一瞬の間に、願い事は…、と考える暇はなく、
思い出した時にはもうそこに流れ星はないだろう。
願い事を叶えるチャンスは、例え流れ星ですら逃さない。
きっと流れ星のように不意に来る、
本当に願いが叶えられるチャンスがあれば
それを迷わずつかみ取れる。
そんな人なら、相当無茶な物でもなければ
願い事が叶わないわけがない。
何なら相当無茶な物でも、叶えてしまうかもしれない。
きっと、流れ星に願い事を言えたのはそんな人だろう。
「あ、流れ星。」
今、誰かは願い事を唱えられたのだろうか。
「もう何もいらない」
「これ以外、何もいらない」
「これの為なら、他には何もいらない」
「貴方がいるなら、他に何もいらない」
「何もいらない」
ドラマや漫画でよく聞く言葉だ。
自分には例え口が裂けたとしても
絶対に言えない言葉だ。
遊んで暮らせる金が欲しい。
仲のいい友人が欲しい。
皆が敬い慕う地位や名誉が欲しい。
一生を添い遂げる恋人が欲しい。
スマホがないと暇。
ご飯がないと飢え死にしてしまう。
愛がないと心が辛い。
住む場所がないと落ち着けない。
最近人気のゲームが欲しい、人がいないと、
推しのグッズが欲しい、命がないと…
少し考えただけでわらわらと
「いるもの」「欲しい物」が出てくる。
私が欲張りなのだろうか。
それとも、みんな、そんなものなのだろうか。
もしも未来を見れるなら、どれほど良かっただろうか。
「また失敗したらどうしよう」
という考えが頭によぎり、何もできないし何もしない。
何もしないから、成功がない。
でも失敗はしないはずだ。
けれど何もしていないから自分の事が嫌になって、
また何もできなくなる。
そんな毎日を繰り返している。
私は過去にした小さな失敗をずっと、見続けている。
私の時は進まない。
もしも未来を見れたのなら、どれほど良かったのだろうか