ブランコを漕ぐ。ぐん、と足を伸ばすとまた加速する。冷たい鎖をぎゅっと握る。遠ざかる青空。
街へ。
ぼくらには一つの目標がある。
「期末、どう」
「中間考査よりは落ちたけど」
まあ、それなり。
彼女は、はあ、と息を吐いた。ぼくはその二酸化炭素混じりの空気を吸う。駅のホームには誰もいない。次の列車まであと45分。呼吸するだけの45分だ。
「札幌?」
掲示板の札幌行きの文字をぼんやりと眺める。
「せめて、ね」
「いいね」
「きみは出るんだっけ、ここから」
出るよ、と呟いて、彼女の手元の英単語帳に目を落とす。この英単語、期末考査で意味を間違えたところだ。
彼女が息を吸う。
「生きていく上でさ、」
勉強って役に立つのかな。
唐突な話の転換に、思わず目を合わせて、はは、と笑う。
「なに? 悩んでるの?」
「そんなんじゃないけど。そういうこと考えない?」
「考えるけど」
でも。それでも、ぼくらの手札は勉強しかなくて。とりあえず、息のしづらいこの町から出て、街へ。
優しさとはなんだろう。
いま、この瞬間に校舎裏での脅迫的行為に気付いてないフリをするのが優しさ?
颯爽と登場して、悪者を成敗するのが優しさか?
それとも、教師を呼んできて事態を大きくするのが優しさなのだろうか。
ぼくはどれも違うと思う。
「大丈夫だった?」
決して何も損失がなかった訳ではないだろうが、「五体満足か?」という意味の大丈夫。
「うん、大丈夫」
穏便に済んでよかったよ、という意。
ぼくらの日常はとても脆く、少しの衝撃で大きく変化してしまう。変に目立たないように、権力を持たないように。息をするリズムですら、繊細なセンスが求められる。波のない状態を保ち続けることに全神経を使う。そんな毎日だ。
ぼくの行動一つで、明日のきみの環境が変わってしまう。逆もまた然り。ここまでは大丈夫だろうという驕りは、身を滅ぼす。この世界のおいての優しさは、行動を起こすことではない。身を寄せ合って一緒に生きることだ。どこまでも、一緒に。