彼女の目から、水色の涙がこぼれている。
ぼくは何かを言おうと思ったけれど、ぐっと我慢した。
水色の涙がこぼれるときは、理由を聞かないで。
そう言われていたから。
ぼくはただ、彼女のそばにいる。
こころ、踊るって!
え、こころ踊るの?
こころちゃん、踊るってさ!
こころん、踊るって本当?
心が踊るという噂は瞬く間に広まった。
心が踊ると何かが起こる。
そんな噂を心は知らない。
こころさんが踊ると何が起こるんだっけ?
え? そういえばなんだっけ?
わかんないけど、わくわくするよね、こころが踊ると。
そんな話を心は知らない。
だけどもう、みんなの心は踊っている。
朝寝坊をしたわたしは慌てている。
「ごめん、ごはんいらない!」
と父に言うと、父は「まあ、ゆっくりしていきなよ」と優雅なことを言う。
「ゆっくりしてたら間に合わないよ!」
「どうせ間に合わないんだから、ゆっくりするんだよ。お父さんも遅刻確定だ」
父はコーヒーを片手に笑っている。
なんだか力が抜けてしまって、わたしもごはんを食べることにした。
「お父さんは、今日は景色もちゃんと味わおうと思ってる。いつもなにも見てないからな」
「でも遅刻して怒られるんでしょ?」
「今から慌てて行っても怒られる。だからたまには優雅に出勤してみようと思う」
なんだかわからないが、そんな日があってもいいような気がした。
マラソン大会でいつも2位の少年は、今年こそはと力を込めてスターラインに立っている。その隣にいつも最下位の少年がいる。2位の少年は声をかけた。
きみはマラソン、楽しいの?
最下位の少年はニコッと笑い、楽しいよ。と答えた。
いったい何が楽しいの?
答えを号砲がかき消した。
*
あのとき、ぼくは最下位の子と一緒に走ったんです。答えが気になって。はじめは遅くてもどかしかったんですけど、だんだんわかってきて。勝つとか負けるとかじゃくて、ただただ、走ってることが楽しいんだって。
大人になった2位の少年は、はじめて優勝した。
五本並んだ電線に、鳥が一羽、一羽とやってくる。
ドドドレミファソ……
音符になった鳥たちが歌うのは、あの日の母の歌だった。