長い長い階段を駆け上り、境界線をぴょんと飛び越える。私は人間の姿をもった神様なのだ。今日も街ゆく景色と顔色を観察し、うかない表情の人間を引きとめる。
「 SNSやってますか? 」
私に声を掛けられた人間はたいてい顔を強ばらせ逃げて言ってしまうが、極稀にそれまでの雰囲気が嘘のように意気揚々とこたえてくれる者もいる。それが私のお気に入り、16歳のインフルエンサーだ。その女はSNSを使って食い物や着るものを他人に見せびらかして居た。いい事に女のアカウントは多くの人が見ているものだったから、女を乗っ取り神である私が直々に人間に語りかける事にした。
〈 人生のお悩み相談募集中 〉
そんな文言を打ち込み投稿すると直ぐにたくさんの人間からメッセージが届いた。
『粘着質の彼氏に困っています。何か方法は無いですか?』
『生きるのが辛いです。』
『どうすれば貴方みたいに綺麗になれますか。』
そんな中でも私の目にとまったメッセージは、絵文字一つ付いていない可愛げのなく長ったらしいものだった。
『 こんにちは。これまではずっとみてるだけだったのですが、どうしてもあなたに聞きたい事がありここに参加させて頂きました。ずばり、学校で教わる十人十色とはただの綺麗事で、社会では邪魔になるだけの洗脳だと思うんです。だって結局はカラフルな色を持った人達と働いたとして、一色に合わせなければチームにはなれないですよね?そこで我を通せば協調性の無い無能だと思われて仕舞いです。現役学生の貴方はどう思いますか。十人十色とは幸せで平和に過ごす為の教訓なのか、それともただの建前なのか。長文になってしまいましたがどうか解答よろしくお願いします。』
はぁ。このメッセージを読む時間が無駄だった。何故人間っていうのはこうも言葉に囚われた考え方しか出来ないのだろうか。そもそも十人十色っていうのは一人が一色ずつを持ってるって言うことを伝えたい訳じゃないだろう。一人一人が別のパレットを持っていて愉快な世の中だなってことだと考えよう。すればその一人の色は見る方向によって変わるだろうし、一人で十色は補えなくても二色分くらいならどうって事ないだろう。つまり一人二色だとしたら、三人なら六色。しかしある一面から見れば三色で、また別の一面から見れば残りの三色がある。でももしそれが色の着いた水だったら?隣り合わせの別の人間に口を出され濁ってしまうだろう。この例えのように何事も区別と線引き、適材適所があるのだ。かと言って赤色を持ってる人を赤色の面に揃えて置いてしまっては勿体ない。世界が球であるように人間も変わり続けなければ面白くない。ああどうして説明すればいいか…
私はうーんと唸りそれから何年も考え続けた。その投稿から十五年が経った頃、動かなくなった彼女のSNSからようやく一つのメッセージが投稿された。
『 君もこっちにくれば? 』
____虹彩アカウント
以下前作【クチナシの楽園】の解説になります。
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ここでは前作の背景や設定などについてお話します。
まず主人公と彼女の関係は、最後に主人公が彼女を妻と呼ぶように"夫婦"です。
夫婦になったのはあの家に来てから、彼女が既に聴力を失った後です。
彼女が聴力を失った原因である"娯楽に飢えた悪魔"は主人公が元々働いていた倫理観に反した人体実験が行われる研究所の人達ですね。本当に悪魔が存在する世界線ではありませんが、主人公は彼らを同じ人と呼ぶのにかなりの抵抗がありました。彼女が人体実験の対象にされた理由は当時"恋人同士だった主人公"です。だんだんナナメ(筆者)の言葉足らずに気づいてきたかと思いますが、作中で主人公が吐いた
「今更出会った頃の彼女を恋しがるなんて、僕はどれだけ寂しい人間だろうか。」
というセリフは主人公の声におかえりと返してくれる、耳の聞こえる彼女を恋しがっている訳では無く、悪魔達に汚される前の彼女に思い馳せているんです。後に続く"寂しい人間"というのは悪魔との区別と、今の彼女を心から愛せない自分に対してですね。悪魔達は下っ端の下っ端である主人公の恋人を狙い彼の前で彼女を捕らえますが主人公は固まって動けません。それが
「あの時君を抱きしめることが叶ったらこんな事にはならなかった。」
というセリフに繋がります。実験に失敗した彼女は主人公の元に返され、そこでやっと二人は静かな時間を過ごせるようになりました。しかし彼らが住んでいた国は戦争を初め、またもや二人の世界は揺るがされます。それでも主人公は今度こそ彼女を巻き込まないと家に閉じ込めました。しかし一向に激しくなっていく戦争に絶望のドン底に落とされた主人公は色の判別が出来ずモノクロの世界で過ごします。999本の向日葵の花言葉が
"何度生まれ変わっても君を愛す"
であるようにこの世界への希望を捨て去ってしまいました。そんな環境に陥った彼の楽園が"妻の待つ家"だったんですね。つまり"クチナシ"は主人公です。主人公が冒頭の一言以外で言葉を発していないことと、彼女の最後のセリフと掛けています。彼女が明らかに本物では無い向日葵を見て涙を流したのは、主人公が嘘をついていたからではなく、彼女に向けられた確かな愛を感じたからです。
もっと書きたい事は沢山あるのですがすごく長くなってしまうので後はご想像におまかせさせて頂きます。これからも楽しくお話を書いて行けたらと思いますので、よろしくお願いします。
「ただいま。」
首元に伝う汗を拭い、窓横で船を漕いでいる彼女に話しかけた。しかしその彼女は変わらず整った寝息を守り、お気に入りのロッキングチェアをゆらゆらと揺らしているだけ。それもそうだ。繊細な彼女の聴力はここに来る少し前、娯楽に飢えた悪魔に奪われてしまったのだ。それからはいつも手と紙を通し、音を持たない会話だった。今更出会った頃の彼女を恋しがるなんて、僕はどれだけ寂しい人間だろうか。彼女が僕にくれる愛に罪悪感を覚えながらももう一年が経つ。早まる日の出に、蒸しかえる夜に僕の後悔はドンドン膨れ上がっていくばかりだ、あの時君を抱きしめることが叶ったらこんな事にはならなかった。逸る鼓動を唾と共に飲み込み彼女の肩を叩く。
『 お は よ う 』
口パクと同時に手を動かし彼女にそう伝える。彼女は少し面食らったような顔をしてから僕に飛びついた。
「 お か え り !」
たどたどしくも無邪気に伝えようとする彼女の姿に笑みが溢れる、僕のシャツをグッと握る彼女を抱き寄せた後、その白い唇にキスをした。これから最後になるなんて、彼女は微塵も知らないんだろう。僕の腕から離れた彼女は分厚い板で閉じられた窓を指さし言った。
『 そろそろお花も芽を出すかしら 』
ああ、君には本当に悪い事をした。お花が好きだった君のために花壇を作りたいんだ、でもサプライズじゃなきゃ面白くない。だからこの窓は閉じておくね。そう僕が伝えた日の君は本当に嬉しそうだった。春が来るまで毎日毎日日付を数えていたけど、家の中に外の光が届かなかったから、僕が帰ってくる度日付に丸をつけていた。きっと僕が毎日君に会いに来てると信じてたんだろう。外は戦火の真っ只中、花壇を作ろうと言っていた庭なんてとっくに枯れきってしまった。君は音が聞こえないから、目さえ塞いでしまえば分からないと思ってたんだ。君には何も知らずに笑っていて欲しかった。戦争の火がこっちにも回って、もう今日が最後だ。僕は一年以上かけて作った999本の枯葉でできた向日葵を妻に渡した。君はその花束を受け取って微笑んだ。
『 私、向日葵が一番好きなの 』
そうだ、君がそう言ってたから向日葵を渡した。
また、君は同じ事を言って涙を流した。
地面がガタガタと揺れ視界一面が真っ白になる。意識が途切れる間際君は僕を抱きしめこう言った。
「 わたしあなたといられてしあわせだった」
___クチナシの楽園