【コーヒーが冷めない内に】
コーヒーの香りは好きなのに、苦くて飲めないと言うあなた。
ブラックばかりがコーヒーではないと、カフェオレを淹れたり、カフェモカにしてみたり、とアレンジをし続ける。
もちろん、あなたが好きな紅茶や緑茶も外さない。
甘さやミルクの量を変えていく内に、コーヒーの苦味が気にならなくなって来たようで、時々はブラックを口にするようになった。
「…慣れって怖いな。」
ぽつりと零れた独り言は、照れ隠しのよう。
「一緒に同じのが飲めるの、オレは嬉しいよ。…嫌だった?」
ぶんぶんっと首を横に振って、驚いた顔でこちらを振り向くあなたが愛おしくて、思わず抱き締めた。
【僕と一緒に】
「かっちゃん、一緒に行こう。」
登園、登校、通勤、お出掛け…。
色んな移動の時に、あなたがかけてくれる声が、大好きだ。
「カズ…?一緒に行こう。」
当たり前に声を掛けてくれる事に慣れないように、時々は自分から声を掛けるようにしてみたり。
「うん!一緒に行こう!」
準備、火の元確認、戸締まり、忘れ物ないかな…。手分けして確認しながら、家を出て行く。
帰りも一緒になったら良いのに。
「答えは、まだ」
まだ、もう少し。
何とかやりくりして、つかず離れず。
立ち行かなくなる前に、逃れるべきか。
それでも彼の人のつまらぬ戯れ言に振り回されながら、ヤツの為にこちらが折れてやるのも癪だと言い聴かせ、宥め賺している。
迷いながらも、自分の糧になるのではなかろうかと、暗中模索している。
まだ、答えは出ないが、ずっと居る場所でもなかろうとも思っている。
あぁ、今日も今日とて。
トグロを巻きながら、ぐるぐるとロクロを回しているのだ。
【君と見上げる月…🌙】
「一緒に、見よう!」
あなたが大好きな天体観測。
今回は、満月の夜の皆既月食。
早く仕事を終えて、眠る準備を万端にして。
「見えると良いなぁ。」
レモンイエローに光る月が、雲の切れ目から顔を覗かせている。
蚊帳代わりのテントに潜り込んで、天窓代わりの内窓を開けて、ふたりでごろ寝する。
雲間から、薄っすらと紅い月が見えた。
(食われる、とは良く言ったものだな。)
ほんの少し残った黄色が、赤茶色に呑み込まれていく。
「あー、食べられちゃったね。黄色いところ、なくなっちゃった…。」
しょんぼり声が、あなたの口元から溢れ落ちた。
月明かりが消えて、静けさが夜空から落ちてくる様だった。
黄色いお月様が戻ってきたら、きっとまた大はしゃぎで出迎えるのだろう。
【雨と君】
土砂降りの雨の中、立ち尽くす君の背中。
どのくらいの時間、そうしていたのか分からないほど濡れそぼった身体を抱き締めた。
大きな蝙蝠傘の下に冷たくなった身体を招き入れて、屋根の下へ引き摺っていく。
家の中に入れて、濡れた衣服を剥ぎ取って、ざっと濡れた髪と身体を拭って、ぺたぺたと浴室まで手を引いていく。
冷たい水から少しずつ熱いお湯に変えていって、身体を洗う。
湯船に浸けて温まるまで、隣で身体を洗って、ポソポソと他愛のない話をする。
びしょ濡れの衣服を洗濯機に放り込んで、カラカラと洗う。
温かい飲み物を淹れて、暖めた部屋のソファでくつろぐ。
人心地つく頃には、突然のスコールもきっと何処かへ。