空はこんなにも
どこにもいかないで
君の背中を追って
【雨の香り、涙の跡】
あなたの苦手な雨。
(そろそろ降るかな…。)
雨が近付いてくる気配と、湿気を含んだ風が連れて来る雨の香り。
洗濯物を取り込み終えて、空を仰ぐ。
「早いとこ帰って来てー?かっちゃん。」
空に向かって呟いたところで、相手に聴こえる訳もないのだけれど。
「…ただいま?」
困惑した声に向かって勢い良く振り返ると、今しがた空に向かって呟いた相手がいた。
「おかえり!入って、入って!」
雨の気配と香りが一層強くなって、急いであなたを家の中に仕舞う。
「早く、早く!降ってきちゃう!」
急かしながら背中を押して、慌ただしく玄関に雪崩込む。
「これ買ってきたけど、合ってる?…かず?」
玄関で買い物袋の中身を確認し始める。
「かっちゃん、合ってるよ。買い物ありがとうね。まずは靴を脱いで、手洗い嗽しよう。ね?」
買い物袋を受け取って、相手の手を取る。
「お帰りなさい。無事に行って帰って来れたね。お疲れ様。」
冷たく震える身体を、暖めるように抱き締めた。
「ただいま。…良かった。」
遠くで小さく雷の音がした。
「降られなくて、良かったね。」
宥めるように背中を擦って、ソファへ誘導する。
「喉乾いたなぁ。かっちゃんも飲む?あったか柚子ネード♪」
小さく頷いて、ソファの上に膝を抱えて座り込む相手に、ブランケットを掛ける。
鼻歌混じりで飲み物を用意して、お揃いのマグカップをソファテーブルに並べる。
遠雷が近付いてくる音を聴きながら、温かい飲み物を飲みつつ、肩を寄せ合って他愛ない話をする。
愛しい人と、素敵な時間を―――。
【マグカップ】
『なんでも良いんだ。ひとつだけ、お揃いの物が欲しい。普段使いできる物で、誰にも見せる気はないから。』
勘繰られる事が嫌いな自分の事を想っての言葉だろう、と頭では理解できているのに…。
「…ぁ。」
カシャンと小気味よい音を立てて、色違いのマグカップの片割れが崩れ落ちた。
同じ形の色違いで買い揃えたそれは、最後まで妥協できなかった自分の事を嗤っているようだった。
「今までありがとう。」
選んだ自分に責任はあれど、選ばれたこのマグカップに罪はない。
そっと欠片たちを集めて包み、危険物の収集日まで保管する事にした。
「お世話になりました。」
〈ワレモノ〉と包みの外側に油性ペンで書いて、半透明なビニル袋に入れた。
「あの…。今度の休み、一緒に買い物行きませんか?」
今度こそ、お揃いのマグカップにしよう。
「うん、良いよ!何処に行こっか!」
楽しそうなあなたに、欲しい物を伝えると、大喜びでお店を選び始めた。
今度は、お揃いのマグカップが食器棚に並ぶのだ。