誰にも言えない秘密
※閲覧注意※
戦時下の話。
鎮守府の一般兵だった親族が語った昔話。
本人にとっては、嫌な思い出だったろうから、意訳解釈込みで記載。
ふんわりニュアンスが伝われば良いかなと。
急に思い出したので、メモ書きしておく。
『正直』
俺は、貧しい平民の子として産まれた。
兄弟がたくさんいたから、自分の食い扶持は自分で何とかしなくては、と物心がつく頃には、漠然と考えていた。
大きな戦があると世間が騒ぎ立てる頃、その戦に携わると食べ物には困らないと聴いた。
丈夫が取り柄だった俺は、一も二も無く志願した。
志願先に赴く前、近所の浅間神社に参拝した。
大元帥閣下へ、電報を持って行った事もあった。これは、下っ端の電報兵だった頃の話だが、俺の誇りだ。
触れ込み通り、白い飯が腹いっぱい食えて、食べ物には困らなかった。
上官は厳しかったが、持ち前の人懐っこさで何とか無事に過ごせた。
国府の港を打ち出て、辿り着きたるは遥か南方の海であった。
今思えば、戦況は芳しく無かったのだろうが、当時は良く分からなかった。
その頃、俺は船の甲板で砲撃手をしていた。
ある日、突然に敵艦と大砲の撃ち合いになった。
夢中で、大砲を操作して敵影に向かって狙撃していた。
嫌な気配がして、大砲の影に首を竦めて隠れると、背後に轟音が響いた。
メリメリバリバリと雷でも落ちたかの様な音が響いて、そっと後ろを振り返ると、太い柱が跡形も無く吹き飛んでいた。
妙に明るくなった甲板から身を乗り出して、海面を観察すると、円筒形の黒い影が船底に向かって来る。
波が高ければ、上手いこと船が浮き沈みするタイミングで、掻い潜れる事もあるのだが。
(今日は比較的、凪の海だ。まずいな…。)
魚雷だ。当たったら、船底に穴が空く。
穴が空けば、船は沈む。
船が、揺れた。
身を低くして周囲を伺う。誰かが叫んだ。
「駄目だ、沈むぞ!」
歓声と共に、我先にと海へ飛び込んで行く同胞たち。
周囲を伺いながら、スクリューから遠い処へと急ぐ。
水面が近付いてくるのを見計らって、海へと静かに身を投げ出した。
兎にも角にも、無我夢中で水面を掻き、必死で泳いだ。
励まし合いながら泳いでいた隣の同胞の声がしなくなったと思ったら、いつの間にか居なくなっていた。
(フカかもしれない…。否、力尽きたか?)
ゾッとした。何も考えない方が良さそうだ。
兎にも角にも、陸地に辿り着かねば。
話はそこからだと思った。
無我夢中を通り越して、無我の境地で手足を止めてはいけないと、我武者羅に泳いだ。
(南無八幡大菩薩、天照大御神様、海神の比賣神様方…。どうかお導きくだされ…。)
知っている限りの神仏に祈った。
温かい南方の海は、どこまでも穏やかで、無人の小さな島に辿り着けたのは、本当に僥倖だった。
少々気難しい上官殿と同じ所に辿り着いてしまったのは不運だったが、さすがの上官殿も多少なりと消沈して居たようなので、お咎めもなく気に病まずに済んだ。
辿り着いた島は、毒虫や毒蛇なども見当たらない、本当に穏やかな場所であった。
島の中を探索し、口に出来そうな物を探す。
小動物を狩ったり、魚を釣ったり、果物や植物を採集したりと、のんびりと日々を過ごしていた。
警邏と称して浜辺に行けば、何処までも穏やかな南洋の海が広がっている。
(何もないな…。通る船影もない。)
ぷかりぷかりと波間を浮き沈みしながら、こちらへ向かって来るのは、沈んだ筈の船に乗っていたと思しき食材達だった。
(芋なら、蒸して食えるな。腹も膨れる。)
等と考えていると、噂をしていたジャガイモが流れ着いたではないか。
(選んでいる場合じゃない、持てるだけ持って行こう。応援も呼ばないと。)
量の確保も大事だと考えて、拾い集めた野菜たちを両腕に抱えて、皆の居る方へ踵を返した。
そうこうしている数日の間に、浜辺から船影が見えたので、信号旗で合図をした処、自国の救助船だと判り、拾って貰った。
後にも先にも、あれ程の奇蹟は無かった。
確かに護られたのだと、想えた。
配属先も、船上だったから助かったのだ。
船底の調理場だったら、船と心中していた。
船底は狭く、逃げ場もない。
人が独り、昇り降り出来る幅の梯子でしか甲板には出られず、その間には鉄板の蓋があった。
船が急激に沈まない様に、沈む速度を遅らせる機構が、邪魔をしていたのだ。
『戦争?…金輪際、御免被る。』
子供らが連れてきた孫たちに、昔話をせがまれて渋々話したら、とてつもない強運を持っていると、キラキラしい瞳が嬉しそうに俺を見詰めていた。
「親父は、南の海で一生分の幸運を、使い果たしたのかもね。でも、生きてて良かったよな。親父が生き延びたから、今こうやって孫に昔話出来るんだからさ。」
倅が茶化すのを聴いて、苦笑いで頷いた。
終わりなき旅
「ごめんね」