「もう春が来るんだねぇ」
呑気に笑う君。
「そーだね」
僕がそう返すと、
彼女はくるっと振り返った。
「だってさ、今日春のにおいがしたもん」
「花粉?」
「違うよ、空気だよ。くーきっ」
僕の一言が気に入らなかったのだろう。
彼女はわざと頬をぷくーっと膨らませてみせる。
彼女は本気なんだろうけど。
ころころ変わる表情は、見てる分には面白くて。
思わず僕は吹き出してしまう。
「あ、」
今度は何だろう。
「桜につぼみができてるー!」
確かに今日はいつもより暖かかったかもしれない。でも、それだけでそんなに喜べるなんて。
楽しそうにするなんて。
ふざけているのではないかと、
勘違いするくらいのハイテンション。
でも、彼女を見て驚いた。
今までに無いくらいの、
優しい顔をしていた。
「かわいーねっ」
目を細めて、人差し指でそれに触れれば
桜も嬉しそうにサワサワ揺れた。
「やっぱり春が来るんだねぇ」
春みたいに暖かい、柔らかい顔。
そんな顔も、するんだ。
目の前のことに敏感な、
ただのオーバーリアクション人間かと思ってた。
「おい。誰がオーバーリアクション人間だよっ」
彼女の声ではたと気付く。
あ、口に出てたみたい。
悪気は無かった。たぶん。
「ごめんて、」
「絶対に許しませんっ」
「何でもしてあげるからさ」
「じゃあ、いちごミルク奢って」
「ったく、仕方ないなぁ」
「やったぁー」
こんな何気ない会話、冗談。
もう楽しくて仕方がない。
なんて彼女に言ってしまえば、
調子に乗ってしまいそうだから
絶対に言わないけれど。
でも、最近思うんだ。
明日も、明後日も。
無邪気な君と笑っていられたらいいな、なんて。
体温と同じくらいのそよ風が頬を撫でる。
もうすぐ、春が来る。
#7
安らかな瞳
たぶん、ここは特等席だ。
私が一番貴方に近い。
いつも笑顔で完璧な貴方。
でも、その裏側の努力とか涙。
たぶん私しか知らない。
何でそんなに無理して頑張ってるのかも、
きっと私しか知らない。
いつも温かい体温で私を包み込んで、
そっと呟くんだ。
「あの子の隣に立ちたい」
それを聞くたび、
私の耳と長い尻尾はピクリと動く。
胸がきゅっと締め付けられる。
苦しくて、息がうまくできなくなる。
のに、貴方の撫で方が優しいから。
思わず喉がごろごろと鳴ってしまう。
いつか例の「あの子」も、
貴方の弱くて脆い部分を
知ることになるんだろうな。
あー、どうしてこんなに近いのに。
私は言葉を発することが出来ないのでしょう。
貴方は違う方向を向いているのでしょう。
どうして人に生まれられなかったんだろう。
そしたら「あの子」ポジションに
なれたかもしれないのに。
でもね。
貴方の近くで、
ずっと見守ることが出来てるのは
私、とっても幸せなの。
でも、それじゃ満足いかないの。
どうしても貴方が言う
「あの子」
が羨ましいの。
貴方に思われてる
「あの子」
が、どうしても。
だって思われる種類が違うじゃない?
私は「家族」。
「あの子」は『トクベツ』。
わがままでごめんなさい。
今はこれで我慢するからさ。
もちろん今の、貴方の隣も好きだけど。
来世では、違う形で隣に立ちたい。
ずーっと隣にいたいんだ。
首もとの鈴が儚くちりん、と鳴る。
きっと貴方には聞こえないでしょう。
この音はどこかへ飛んでしまえ。
#6
ずっと隣で
思い出の瞬間って。
その時に聴いてた曲に、全部が詰め込まれてる。
風。
見てた景色。
あの空気感。
季節のにおい。
だから久しぶりに聴くと、
記憶が鮮明に流れ込んでくるんだろうな。
なんだろう、なんか宝箱みたいだ。
人生の中の大事な記憶の欠片を入れておく場所。
それが、音楽なんだ。
あー、貴方に好きな曲聞いておけばよかったな。
なんか、その人の人生の一部に入り込めるような気がするから。
もっと知りたかったな。
今更、叶うわけないけれど。
#5
もっと知りたい
君への気持ちは、
ホワイトリリーの香りに重ねて。
幸せだった日常に
そっと終止符を打った。
#4
過ぎ去った日々
静寂に包まれた夜。
暗闇のなかに見えるのは、
窓から差す一筋の光。
届きそうだなって思ってた。
でも、
やっぱり満月には届かない。
#3
月夜