谷間のクマ

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5/25/2025, 5:06:10 PM

《やさしい雨音》

「雨、か……」
 5月もそろそろ終わるとある日の放課後、午後6時すぎ。俺、齋藤蒼戒は学校の昇降口で雨が降っている灰色の空を見上げてため息をつく。
 いつもは折りたたみ傘を持っているが、昨日も雨だったこともあり今日に限って天日干ししてるんだよな……。
「あら蒼戒じゃない。どしたの?」
「ん、ああ明里か。お前こそどうした? こんな時間に」
「放送関係でいろいろあってね。蒼戒は?」
「生徒会。終わって帰ろうとしたらこの雨だ」
「あちゃー、結構降ってんねー」
 明里は屋根の下から手を少しだけ出して呟く。
「走って帰るには少し厳しそうだな」
 そもそも俺は水が苦手だし、できれば濡れたくない。まあ傘がないから仕方ないのだが……。
「いや、このくらいならいけるはず……。ってかあんた傘は?」
「天日干し中。今朝の天気予報では一日晴れ予報だったんだがな……」
「だよねぇ……。あっ、私今日折りたたみ傘持ってるんだ! あんたこれ貸してあげるから使いなさいよ」
「え、いやお前が濡れるぞ?」
「いーのいーの。元々走って帰るつもりだったし差すつもりもなかったし」
 私が持ってても宝の持ち腐れよねー、と明里はカバンから傘を取り出す。
「いや差せよ……」
「だーって傘って空気抵抗大きくて何かと面倒なのよねー。そもそも私の方があんたより足速いんだし」
 いかにも明里らしい理由。
「それは知ってるが……」
 明里はとんでもなく足が早く、なんとびっくり俺より速い。確か春輝と同じくらいだったはずだ。本気で走られたら追いつけない。
「なら問題ないわね」
「いや問題大アリだが?」
「どこが? 私は走って帰れるしあんたは濡れずに済むしウィンウィンでしょ?」
「いやお前が濡れるだろうが」
「へーきへーき。今日は別に足捻ったってわけじゃないしー」
 そういえば前に足を挫いた上に傘がないとのことで送って行ったことがあったな。
「いやしかし……」
「大丈夫だって。そもそも私余程の大雨じゃないと傘差さないし」
「いや差せよ……」
 なんだか話が堂々巡りになってる気がする……。
「ま、なんとかなるっしょ! ……そういえば洗濯物干しっぱなしだ! 早く取り込まないと……! んじゃ、また明日返してくれればいいからー。じゃーねー蒼戒!」
 明里はそう言って俺に傘を押し付けて雨の中に飛び出して行ってしまう。は、速い……。
「え、あ、ちょっと待て明里!」
「へーきだって。これであの時の貸しはチャラねー!」
 明里はそう答えてさっさと校門を駆け抜ける。やはり早すぎる……。
「……仕方ない。ありがたく使わせてもらうとするか……」
 俺は観念して明里の折りたたみ傘を差して歩き始める。紺色に白の水玉模様の傘で、あいつらしいシンプルだがシンプルすぎない、いいデザインだ。
「そういえばうちも洗濯物干しっぱなしだったような……」
 いや、春輝が取り込んでいるか。
 そんなことをぼんやり考えながら俺は家路に就く。
 いつもは大嫌いな雨も、明里から借りた傘のおかげかいつもよりは嫌じゃない。
 いつもはうるさいだけの雨音が、今日に限っては少しやさしい音に聞こえた。
(おわり)

2025.5.25《やさしい雨音》

5/25/2025, 8:55:11 AM

《歌》

 七月七日、七夕、夜の天望公園。
 そういえば天望公園は夜景も綺麗だろうな、とふと思い立って天望公園に来てみた私(熊山明里)は文化祭で行われる劇の劇中歌、『A Whole New World』を歌う。
 1人だから、男性パートも。
明里 「I can show you the world Shining,Shimmering,splendid Tell me princess,now when did You last let your heart decide?」
   「「I can open your eyes」」
 突然、私の声に誰かの声が重なった。
 え? と思い振り返ると、あずまやに蒼戒が座っていた。
「あっ、蒼戒?!」
 私が言うと蒼戒は指でしっ、として続きを歌う。
 月明かりで浮かび上がるその姿は、さながらどこぞの王子様。
 まったく、らしくないことをする。
蒼戒 「Take you wonder by wonder Over, sideways and under On a magic carpet ride」
 低くてよく伸びて、完璧に音程を捉えた歌声。しかも発音まで完璧。ああ、やっぱりすごく上手い……。ついつい聞き惚れてしまいそう。
蒼戒 「A whole new world」
 サビ部分に差し掛かる。ん、待てよ……、この先は掛け合いパートがある……。私も、歌わなきゃ。
蒼戒 「A new fantastic point of view No one to tell us no Or where we go Or say we’re only dreaming」
明里 「A whole new world A dazzling place I never knew」
 次は私の女性パート。私はタイミングを見て歌い出す。
明里 「But when I'm way up here It's crystal clear That now I'm in a whole new world with you」
 でも今ここまできたらあまりにも鮮明にあなたとともに新しい世界にいると分かる。
 そんな歌詞のように、ここは私と蒼戒だけの世界。ただただ歌声を響かせる、そんな世界。
蒼戒 「Now I'm in a whole new world with you」
 さすがは蒼戒、ハモリも完璧。だから私も思う存分やれる。
明里 「Unbelievable sights Indescribable feeling Soaring, tumbling, freewheeling Through an endless diamond sky」
 信じられないような景色。言葉にできない感情。舞い上がって転がって 自由自在に果てしないダイアモンドのような空を抜ける。
 今のこの場所は、この歌詞そのもの。空は星々がダイヤモンドのように瞬いて、私と蒼戒は魔法の絨毯に乗ってその中を駆け抜けるのだ。
明里 「A whole new world」
蒼戒 「Don’t you dare close your eyes」
明里 「A hundred thousand things to see」
 遂に2人の掛け合いパートに突入する。私たちの歌声が重なり合って素敵なハーモニーを奏でる。
蒼戒 「Hold your breath - it gets better」
明里 「I'm like a shooting star I've come so far I can't go back to where I used to be」
 流れ星のようにこんなところまできたの。元いた場所に戻るなんてできない。
 そんな、切ないような、ロマンチックなジャスミンの想い。私だってそうだ。もう、ひとりだった頃には戻れない。あなたと一緒なら、流れ星のようにこのままどこまでも行ける。
蒼戒 「A whole new world」
明里 「Every turn a surprise 」
蒼戒 「With new horizons to pursue」
明里 「Every moment red-letter」
   「「I’ll chose them anywhere There’s time to spare Let me share this whole new world with you」」
 どこまでも追いかける。その時間はある。この新しい世界をあなたと分かち合いたい。
 そんな歌詞の、2人の同時パート。私は満天の星空を見上げて、蒼戒は夜の森を見つめて歌う。
 ああ、私たちもアラジンとジャスミンのように新しい世界に行けたらいいのにな……。ただただ美しいだけの、優しい世界に。
蒼戒 「A whole new world」
明里 「A whole new world」
蒼戒 「That’s where we’ll go」
明里 「That’s where we’ll go」
蒼戒 「A thrilling chase」
明里 「A wonderful place」
   「「For you and me」」
 ドキドキしながら追い求める。不思議な場所を。君と僕のために。
 2人揃ってのフィナーレ。魔法の絨毯はゆっくりと普通の絨毯に戻っていく。魔法が、解けていく。
 2人の間を吹き抜ける風が拍手の代わりに天望公園の草木を、森の植物達を、私の髪を揺らす。
 すごすぎて、言葉が出てこない。いつのまにか鳥肌が立ってる。美しすぎる歌声だった……。
「……す、すごい……」
 思わず呟くと、ああ、さすがだな、と至極蒼戒らしい答えが返ってきた。
「あんたがね。すごいわよこれ鳥肌モノよ……」
「いや別に俺は……。ところでプリンセス、なんでこんなところで歌ってるんだ? それも男パートを」
「プ、プリンセス?!!」
 蒼戒からプリンセスなんて言葉が飛び出すとは思わなかった……。
「あ、いや……、歌声があまりに見事だったんでつい……」
 恥ずかしそうに言う蒼戒はいつもの姿でなんだか少し安心する。
「もー、悪い冗談やめてよね、王子様」
 私は茶目っ気たっぷりでそう返す。
「お、王子様?!!」
「そうよー。ホントに突然現れて歌い出してどこぞの王子様かと思ったんだからー」
 まあ私にとって蒼戒は、いつでも素敵な王子様だけど。
「ああそういうことか……。それで話を戻して何でお前こんな時間にこんなところで歌ってるんだ?」
「あー、いやなんとなく。ちなみにあんたは?」
「俺は……、なんとなく呼ばれたような気がしてな」
「ふーん。てかあんたホントに歌上手いね……。本家アラジンもびっくりの美声よ」
「そりゃどうも。そういえばなぜ男性パートを歌ってたんだ?」
「ああそれ? だってこの曲男性パートから始まるんだもん」
「そういえばそうだ……。今度から歌うなら俺を呼べ。お前の声は……女性パートを歌ってこそ輝くんだから」
「なっ……」
 何を突然言い出すかと思えば!!
 やっぱりこの男、天然人たらしなところがあるような……。
「……わかったわ。でもあんた、それ他の人には言っちゃダメよ」
「? お前にしか言わないが?」
「〜〜〜〜!! んもー!! あんたって人はー!!」
 私はつい言葉にならない声をあげる。
 誰が何を言おうと私の彼氏は、めちゃくちゃかっこいい。
(終わり)

2025.5.24《歌》

参考
https://ameblo.jp/max-noa/entry-12586635821.html
https://m.youtube.com/watch?v=EnBP-VFZR98&pp=ygUl44Ob44O844Or44OL44Ol44O844Ov44O844Or44OJIOiLseiqng%3D%3D

5/24/2025, 10:30:26 AM

《そっと包み込んで》

書けたら書く!

2025.5.23 《そっと包み込んで》

5/22/2025, 9:51:43 AM

《Sunrise》

書けたら書く!

2025.5.21 《Sunrise》

5/21/2025, 9:52:30 AM

《空に溶ける》

書けたら書く!


2025.5.21《空に溶ける》

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