《やさしい雨音》
「雨、か……」
5月もそろそろ終わるとある日の放課後、午後6時すぎ。俺、齋藤蒼戒は学校の昇降口で雨が降っている灰色の空を見上げてため息をつく。
いつもは折りたたみ傘を持っているが、昨日も雨だったこともあり今日に限って天日干ししてるんだよな……。
「あら蒼戒じゃない。どしたの?」
「ん、ああ明里か。お前こそどうした? こんな時間に」
「放送関係でいろいろあってね。蒼戒は?」
「生徒会。終わって帰ろうとしたらこの雨だ」
「あちゃー、結構降ってんねー」
明里は屋根の下から手を少しだけ出して呟く。
「走って帰るには少し厳しそうだな」
そもそも俺は水が苦手だし、できれば濡れたくない。まあ傘がないから仕方ないのだが……。
「いや、このくらいならいけるはず……。ってかあんた傘は?」
「天日干し中。今朝の天気予報では一日晴れ予報だったんだがな……」
「だよねぇ……。あっ、私今日折りたたみ傘持ってるんだ! あんたこれ貸してあげるから使いなさいよ」
「え、いやお前が濡れるぞ?」
「いーのいーの。元々走って帰るつもりだったし差すつもりもなかったし」
私が持ってても宝の持ち腐れよねー、と明里はカバンから傘を取り出す。
「いや差せよ……」
「だーって傘って空気抵抗大きくて何かと面倒なのよねー。そもそも私の方があんたより足速いんだし」
いかにも明里らしい理由。
「それは知ってるが……」
明里はとんでもなく足が早く、なんとびっくり俺より速い。確か春輝と同じくらいだったはずだ。本気で走られたら追いつけない。
「なら問題ないわね」
「いや問題大アリだが?」
「どこが? 私は走って帰れるしあんたは濡れずに済むしウィンウィンでしょ?」
「いやお前が濡れるだろうが」
「へーきへーき。今日は別に足捻ったってわけじゃないしー」
そういえば前に足を挫いた上に傘がないとのことで送って行ったことがあったな。
「いやしかし……」
「大丈夫だって。そもそも私余程の大雨じゃないと傘差さないし」
「いや差せよ……」
なんだか話が堂々巡りになってる気がする……。
「ま、なんとかなるっしょ! ……そういえば洗濯物干しっぱなしだ! 早く取り込まないと……! んじゃ、また明日返してくれればいいからー。じゃーねー蒼戒!」
明里はそう言って俺に傘を押し付けて雨の中に飛び出して行ってしまう。は、速い……。
「え、あ、ちょっと待て明里!」
「へーきだって。これであの時の貸しはチャラねー!」
明里はそう答えてさっさと校門を駆け抜ける。やはり早すぎる……。
「……仕方ない。ありがたく使わせてもらうとするか……」
俺は観念して明里の折りたたみ傘を差して歩き始める。紺色に白の水玉模様の傘で、あいつらしいシンプルだがシンプルすぎない、いいデザインだ。
「そういえばうちも洗濯物干しっぱなしだったような……」
いや、春輝が取り込んでいるか。
そんなことをぼんやり考えながら俺は家路に就く。
いつもは大嫌いな雨も、明里から借りた傘のおかげかいつもよりは嫌じゃない。
いつもはうるさいだけの雨音が、今日に限っては少しやさしい音に聞こえた。
(おわり)
2025.5.25《やさしい雨音》
5/25/2025, 5:06:10 PM