ぱれえど

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5/16/2023, 10:36:23 AM

※心中表現


ーーーー

「もうそろそろかな」

 囁くような声が一足先に風に乗る。
 揺れる髪をそっと押さえて、まっすぐ前だけを見ていた。

「思ったより長かったね」
「まあ夏だからね………あ! 此処からうち見えるよ!」
「ほんとだ。あれ、電気ついてんじゃん」
「え、うそ。電気代大変なことになるなあこりゃ」
「今月もギリギリなのにね」
「大丈夫? ほかに忘れ物してない?」
「んー……あ、洗濯機回しっぱなしかも」
「それがねぇ、あいつは賢いから自動で止まるんよ」
「電気は賢くないの?」
「そうそう、あの子はぜんっぜんダメ。そこも可愛いけど」

 気づけば夕陽の一片が地平線に溶けようとしている。
 そんなことよりさ、と君は微笑った。


「これでさいごだよ」

 





『もし今日夕陽が沈み切ったら、一緒に死んじゃおうよ』

 
 数時間前、君はあっけらかんと言ってのけた。
 まるで「コンビニ行こうよ」みたいなテンションで言うものだから、何も考えずに承諾しかけてしまった。少しして死んじゃおうの意味に気づいた僕に、なに驚いてんのって君は笑ってたけど、なにしろ心中のお誘いは初めてだったから。
 ぐるぐると思考回路が渦巻いた。死ぬのは痛いだろう。とても怖いだろう。出来ればまだ経験したくない。だけど君はそれを望んだ。どこまでも明るく、楽しげに。

 だけどよく考えてみたところで答えは同じなわけで。いつもとなんら変わりない君に、いつも通りいいよと笑いかけた。



「はぁー、太陽ともこれでさよならかぁ」

 うーんと伸びをして、フェンスにそっと触れる。
 夕陽の残光のみが僕らを照らしていた。

「電気は諦めるかな……」
「どうせ払えないんだからいんじゃない?」
「いやさぁ、これは気持ち的な問題なんよ」
「おぉ、どういう?」
「電気消し忘れてる! どうしようソワソワ……みたいな」
「なにそれ」
「……待って、テレビ消したっけ?」
「あー、消してないかも」
「うわぁ〜、またお隣さんに文句言われる〜!」

 どれだけこの先の展開を意識しても、会話はこの日常の続きを描いている。それが虚しくて仕方がないこと、必死に隠して笑顔を作る。

 賞味期限が明日切れるパンのこと、駅前の駄菓子屋が小さくて可愛いこと、小学生に挨拶されたこと、お隣さんにタッパー返してないこと、使ってないクーポンのこと。
 ふと、他愛ない会話が途切れる。


 夕陽が沈んだ。



「……後悔、してない?」
「僕が後悔するとでも?」
「ふふ、君は私がだーい好きだもんね」

 振り返ることなく君は笑う。
 その時初めて、君の声音が震えて聞こえた。


「ねえ、こっち向いてよ」
「やあだ」
「どうして?」
「……いまね、ひっどい顔してるからいやなの」

 だからちょっとだけね。
 君は少しだけ振り返った。頬を伝う涙もそのままに。




 じゃあね、バイバイと世界に手を振る。



 僕らは手を取りあって、風に乗った。

5/13/2023, 1:41:48 AM


 柔い陽光が目に染みる。
 ガラスを隔てた向こう側には羽を休める小鳥。
 かわいい子、と口元が微笑みをかたちづくる。

 目が覚めるといつも違う寝床。隣に誰かがいたり、いなかったり。瞼を持ち上げる瞬間の微かな期待と、それを裏切る痛みとともに朝を迎える。徐々に迫り上がってくる不快感が、昨日の私はまた同じ罪をおかしたのだと告げる。
 遊びではなくこれが仕事。好き嫌いは許されない。いまさら拒否することもできない。だけど難しいことではない。ただこの仕事を好いて、誰かの愛に沈めばいい。従順にしていれば、それ相応に優しくしてくれる。もっとと強請れば、欲しい言葉もくれる。この世界はなんだかんだ私に甘い。だから私はこの仕事が嫌いじゃない。
 だけど、もう少しだけ、わがままを言っていいのなら。


「私、子どものままでいたかったな」


 どこまでも純で、求めずとも愛を注がれる存在のまま。
 私はたったひとりだけと愛に溺れたい。


 なんてね。私って、案外ロマンチストでしょう?
 隣に眠る誰かに口づけを落とす。昨夜はそれなりに気持ちよかったから特別だ。
 そっとベッドから降り、私はまた罪のもとへ向かう。
 
 さぁて、今日は誰に愛されるのかな。