「誰かしら?」
我が家の来訪者といえば、基本的に配達員、もしくは2人連れの宗教勧誘ぐらいだ。
────ピンポーン
インターホンが聞こえてきた。
最近宅配は時間指定にしている。
ネット通販で先週注文したが、今の時刻には指定していないはずだ。
ならば宗教勧誘か…?
いや、昨日来たばかりではないか。
そんな連続して来るものなのか...?
寒くて出られない布団の中で思案する。
─────ピンポーン、ピンポーン
寝起きの頭、もたつく身体。
(はいはい、行きますから...)
ノロノロと布団から這い出て、ドアホンの前までたどり着く。
ああ、寒い。こんなに寒かったかな?
画面の向こうには誰もいない玄関前が映し出されている。
(なんだ、もう帰ったのか...?)
──────ピンポーン
やはり画面には人影ひとつ、映ってない。
そもそも、今は真夜中過ぎ。
こんな時間にお馴染みの配達員や宗教勧誘なんか来るはずがない。
それでは一体、この来訪者は…?
「手のひらの宇宙」
宇宙は今も尚、無限に広がっているらしい。
テレビ番組だが、ネットの情報だかで見たことがある。
無限に広がる星空を眺めながら、
そんなことを思い出した。
今目に映る夜空でさえ、膨大なのに、もっともっと拡張しているなんて、途方もない気持ちになる。
美しい星空に触れたくて、手を伸ばしてみるが、当然届きそうにもない。
無限に広がるのであれば、こっちに届くぐらいにも、広がってきてほしい、なんて無理なことを考える。
ぼんやりと、眺める。
あれば冬の大三角形...
あそこの星、1番輝いてる。
あのステッキみたいな、横棒にしか見えないのは、
確か牡羊座。私の星座だ。
遠くから星空を堪能する。
そろそろ戻ろうかな、と身体を起こす。
ずっと上を眺めていたから、首が痛い。
首を回しながら、息を吐く。
白い吐息も星空に消えて、なんだが一部になったようだった。
冬の空は綺麗でいつまでも眺めていられそうだが、何せ寒いもの、身体が冷えて堪える。
美しいものを見るためには、それなりの代償が必要なのかな。
玄関へ向かう途中、水に入ったバケツが目に入る。
狭くて丸いが、そこに先程まで見ていた宇宙があった。
そっと水面が揺らないように、手のひらで水をすくう。
あまりの冷たさに、身が縮まる。
震えで水面が揺れるが、必死に抑える。
冷たさとの戦いの末、手のひらの揺らめきがおさまる。
届くわけが無いと思っていた宇宙が、
私の手のひらの中にあった。
「あなたのもとへ」
夜明けが早くなる度に、冬も明けるのだと、寒く暗い季節が終わる気配を感じさせる。
にも関わらず、今日はかなりの寒さで、夜明けは早いが、気温は変わらないようだ。
違う地方では、季節外れの雪も降るらしい。
そんな最中、私は歩く。
目的があるのか問われれば、なんと答えれば良いのか分からない。
けれども、辿り着くかわからないものへと向かい歩いていく。
ここは雪こそ降ってはいないが、かなりの強風がごうごうと、私の髪やマフラーを巻き上げている。
海も近いからか、一等強い海風だ。
微かに磯の匂いを背負っている。
そんな強風に煽られて、数キロ先の大木も揺れている。
色んな方向へ、風に身を寄せ揺れている。
少ない葉が、これまた風にのって飛んでいる。
風が、羨ましく感じた。
どこにだっていけるではないか、と。
地面だけじゃない、海の上だって、空だって、どこにでも風は出現して、色んなものをのせてゆく。
葉やゴミから、形のない匂いだって、のせてゆける。
そんなことを思いながらも、道がひらけ、目の前には海が広がった。
この広大な海でさえ、風によって高波がたっている。
(こんなものだって、動かせちゃうんだな)
歩き続けていた足が止まった。
どんなに歩いても、歩いても、あなたのもとへは行けないのだと。
薄い希望をかけて、空を仰ぎ見る。
やっぱりあなたはいなくて、いつもより早く流れゆく雲と青空だけが見える。
あんなに高いところでも、吹かせているようだ。
ああ、風は羨ましい。どこだっていける。
私もいっそ、風になれたらあなたのもとへ、なんて。
馬鹿なことを考える。
せめて、あんなに遠くまでゆける風であれば、
何だって運べる風ならば、と大声で、できるだけ風に乗りやすいように意識して、めいいっぱい叫んでみた。
暗い部屋、手のひらサイズの画面の中には、
広大な海の写真が映し出されている。
地平線に続く海、雲ひとつない空の中、沈みゆく太陽。
日光が沈みゆく中で、空は青いような、オレンジのような、紫のようにもみえる不思議な色をしている。
遮蔽物がない海辺だからこそ、広大な不思議な空の色が強調されている。
小さな画面の中からでも伝わるこの景色に、実際はどんなものなのだろうかと、想像を巡らす。
雲ひとつない空模様だが、風は吹いているのか。
潮風の匂いはするのか。
波音はどんな感じか、草木が揺れる音も
一緒に聞こえるのだろうか。
視覚だけではなく、聴覚から嗅覚、色んな五感で感じてみたい、この景色を。
実際に自分の目で見ていないものを、果たして"見た"と言えるのだろうか。
まだ見ぬ景色へ、想いを馳せる。
いつか見てみたい、という気持ちをのせて。
幸せとは
幸せとは、その時々で変化すると共にその時の自分の感じようでもあると考える。
何の変哲もない、いつもの日常にふと幸せを感じる時もあれば、記念日といった特別な日に幸せを感じることもある。
好物を食べている時であったり、好きな音楽を聴いている時、友人や恋人、家族と過ごしている時など。
1月になり厳しい寒さの日々の中、温かさは幸せと直結しているのではないかとふと感じる。
寒い中から暖かい室内に入った時や
温かい食べ物、布団の中、人肌...そんなものと触れ合った時に温もりとともに幸せを感じる。
これが夏場だと、冷たいものに幸せを感じるのかもしれない。
幸せとは何か、大袈裟に考えなくとも些細なことであり、身近なものでもあり...感じ方は自分次第。
幸せになりたい、と願う人は多くいるし、生きてりゃそら幸せになりたいと誰もが思うだろう。
日々で心が暖かくなったり、ほっとした瞬間なんかに、これは幸せというものか、と少し思ってみると少しは気持ちが軽くなるんじゃないだろうか。