「星」
物心ついた頃から、星が好きだった。
黒い夜空にキラキラと輝く星たちが、幼心ながらも
何よりも綺麗で、美しいと感じていた。
オリオン座や北斗七星、分かりやすい星座を、自慢げに親に教えていたことを覚えている。
夜になれば、ベランダに出て、空を見上げていた。
今日はどんな夜空が見られるのか。
薄ら雲がかかり、一等星といった輝きが強い星しかよく見えない日もあれば、満月が光り輝いている日もあった。
毎日色んな表情を見せる夜空が、星空が好きだった。
大人、といわれる年齢になって早数年は経つ。
星空を見上げる機会も、随分少なくなった。
昔に見ていた、夜空の美しさや、曇りや雨の日に星が見えなくて落胆していた日々のことも記憶の片隅にしまわれている。
成長した自分も、周囲も環境も、色んなものが変わってしまった。
最近は責任を背負う機会も増え、心労の毎日だった。
残業を終え、自宅に到着する。
疲労と安堵が混じった大きなため息を吐きながら、ふと上を見上げる。
あの頃と変わらない、美しい星空が目の前にあった。
変わりゆく日々のなか、忘れ去られながらも、いつでも存在していた星空はあの頃のままだった。
変わってしまったと思っていた自分自身も、星を美しいと思う心は、あの頃から変わっていなかった。
ああ、どんな時でも、綺麗なまんまだ。
星の光は、はるか何光年も昔のものが地球に届いているらしい。
過去と現在を繋ぐ星空は、忘れかけていた童心も繋げてくれた。
「秘密の場所」
「ラララ」
「誰かしら?」
我が家の来訪者といえば、基本的に配達員、もしくは2人連れの宗教勧誘ぐらいだ。
────ピンポーン
インターホンが聞こえてきた。
最近宅配は時間指定にしている。
ネット通販で先週注文したが、今の時刻には指定していないはずだ。
ならば宗教勧誘か…?
いや、昨日来たばかりではないか。
そんな連続して来るものなのか...?
寒くて出られない布団の中で思案する。
─────ピンポーン、ピンポーン
寝起きの頭、もたつく身体。
(はいはい、行きますから...)
ノロノロと布団から這い出て、ドアホンの前までたどり着く。
ああ、寒い。こんなに寒かったかな?
画面の向こうには誰もいない玄関前が映し出されている。
(なんだ、もう帰ったのか...?)
──────ピンポーン
やはり画面には人影ひとつ、映ってない。
そもそも、今は真夜中過ぎ。
こんな時間にお馴染みの配達員や宗教勧誘なんか来るはずがない。
それでは一体、この来訪者は…?
「手のひらの宇宙」
宇宙は今も尚、無限に広がっているらしい。
テレビ番組だが、ネットの情報だかで見たことがある。
無限に広がる星空を眺めながら、
そんなことを思い出した。
今目に映る夜空でさえ、膨大なのに、もっともっと拡張しているなんて、途方もない気持ちになる。
美しい星空に触れたくて、手を伸ばしてみるが、当然届きそうにもない。
無限に広がるのであれば、こっちに届くぐらいにも、広がってきてほしい、なんて無理なことを考える。
ぼんやりと、眺める。
あれば冬の大三角形...
あそこの星、1番輝いてる。
あのステッキみたいな、横棒にしか見えないのは、
確か牡羊座。私の星座だ。
遠くから星空を堪能する。
そろそろ戻ろうかな、と身体を起こす。
ずっと上を眺めていたから、首が痛い。
首を回しながら、息を吐く。
白い吐息も星空に消えて、なんだが一部になったようだった。
冬の空は綺麗でいつまでも眺めていられそうだが、何せ寒いもの、身体が冷えて堪える。
美しいものを見るためには、それなりの代償が必要なのかな。
玄関へ向かう途中、水に入ったバケツが目に入る。
狭くて丸いが、そこに先程まで見ていた宇宙があった。
そっと水面が揺らないように、手のひらで水をすくう。
あまりの冷たさに、身が縮まる。
震えで水面が揺れるが、必死に抑える。
冷たさとの戦いの末、手のひらの揺らめきがおさまる。
届くわけが無いと思っていた宇宙が、
私の手のひらの中にあった。