犬ノ尾マワリ

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12/30/2023, 6:33:11 AM

「筋を全部はがして食べないと気が済まないから、アタシはみかん1つ食べるのにとても時間がかかるの。」
すっかり暖房と手垢でぬるくなった1個の果物を、もう40分もちちくりながら、
同室の女は細くてたるんだ青白い足を膝を揃えて抱き寄せて、背を丸めて手元のみかんに目をむけたままそう言った。ことごとく自我の強い女だ。

「まあ君の気が済むなら、別にそれでもいいんだ。」僕はぶっきらぼうに、彼女の方を見ないようにしながら言った。
ぬるくてまずいみかんを食おうと、それが手垢で汚れていようと、みかんの白い筋にこそ栄養があろうと、彼女は気にしない。そういう「より良さ」みたいなものを全部無視してこの女は生きているからだ。

やってる事は全部無駄だと伝えたところで、「私は腐ったみかんだからこのくらいがちょうどいいのよ」と吐きダコと根性焼きだらけのガリガリの手で、不幸に向かって一心不乱なのだからもう放り出してしまいたくなる。

それだのに今年もこの女と暮らしてしまった。
それくらいにはこの女と同類なのだろう自分の生きづらさも、この女自体も、全部、年末年始の厄祓いで祓ってしまえれば楽なのになあ、と消えたくなった。
それでも明日はやってくる。来年ものこのこやってきてしまう。
息の詰まるような暖房の暖かさに、僕はまどろんで目を閉じた。

(お題:みかん)

12/27/2023, 1:41:22 PM

僕らは天然の袋だ。肉と水を包み、真ん中を骨で支えた皮袋。
中身は割と繊細。特に手はとっても繊細、なんでもできるように細かく動くし、暑さ、痛さ、柔らかさ、その他様々なこと細かい情報をたくさんわかるように、神経が張り巡らされている。
今も僕のあかぎれだらけの手が、キュウと冷たい空気に恐縮している。
ああ、この袋たちは案外脆いから。欲張りな僕らは布団を重ねるみたいにもう一枚袋を重ねたがる。

手袋を買いにいこう、明日からしばらく冷えるから。その強かで、先のほうが冷たくて案外脆い、君の柔らかくて小さい手を守りたいのだ。

(お題:手ぶくろ)

12/27/2023, 5:48:52 AM

世界は流動的だ。一刻一刻、様相を着替える。世界を構成する小さな細胞みたいなどれもが、溶岩のように溶けたり固まったりしながら化けていく。四六時中リアルタイムな速さで代謝し続けているものもあれば、中にはそれがあんまりゆっくり少しずつなので、いつも安定しているように見えるものもあるかもしれない。
でもみんながみんな、揃いも揃って化けていくわけなのだ。
速度が違うだけなのだ。

足並み揃えて、常識に従って、ルールに倣って、人の言うことをよくきいて。
当たり前のような気がしても、これらは全て不安定で揺るぐ。
最後に残るのは自分自身だけだ。
だからその己同士で通じ合った相手というのは、我々が思うより希少で尊いものなのだ。
その相手だって化けていくわけだ。だから通じて重なり合っている時間さえ絶対ではなく希少だ。一瞬一瞬かけがえがないのだ。

だから、今を生きてください。変わらないものなんてないのだから。

(お題:変わらないものはない)