「筋を全部はがして食べないと気が済まないから、アタシはみかん1つ食べるのにとても時間がかかるの。」
すっかり暖房と手垢でぬるくなった1個の果物を、もう40分もちちくりながら、
同室の女は細くてたるんだ青白い足を膝を揃えて抱き寄せて、背を丸めて手元のみかんに目をむけたままそう言った。ことごとく自我の強い女だ。
「まあ君の気が済むなら、別にそれでもいいんだ。」僕はぶっきらぼうに、彼女の方を見ないようにしながら言った。
ぬるくてまずいみかんを食おうと、それが手垢で汚れていようと、みかんの白い筋にこそ栄養があろうと、彼女は気にしない。そういう「より良さ」みたいなものを全部無視してこの女は生きているからだ。
やってる事は全部無駄だと伝えたところで、「私は腐ったみかんだからこのくらいがちょうどいいのよ」と吐きダコと根性焼きだらけのガリガリの手で、不幸に向かって一心不乱なのだからもう放り出してしまいたくなる。
それだのに今年もこの女と暮らしてしまった。
それくらいにはこの女と同類なのだろう自分の生きづらさも、この女自体も、全部、年末年始の厄祓いで祓ってしまえれば楽なのになあ、と消えたくなった。
それでも明日はやってくる。来年ものこのこやってきてしまう。
息の詰まるような暖房の暖かさに、僕はまどろんで目を閉じた。
(お題:みかん)
12/30/2023, 6:33:11 AM