テーマ「幸せに」
「ここでお金を払うと、好きな夢が見られるって本当ですか?」
息を切らした様子の幼い少女の声にカウンター越しの男が振り返った。
薄水色のワンピースをはためかせ、手には大事そうにがま口財布を持っている少女は真剣な目をしていた。
「まぁ…」
金縁のメガネをかけた年増しの男は頬をかいた。
「概ね合っているよ」
「前にここに来た友達は、花畑に居る夢とかお菓子の街に居る夢を全然見れないって文句言ってました!」
「クレームかな?」
「だから、私がちゃんと好きな夢が見れるって証明します。このままだとその友達はクレームを言いふらしてしまうと思うので、私が止めます。代わりにちゃんと好きな夢を見せてください」
ガバリとお辞儀をする少女を見て、男はため息をついた。
「少し誤解してる所があるね。好きな夢、と言うよりはその人が幸せに感じる夢を見られるんだよ」
「これが見たいって思った夢は見れないんですか?」
「その人が無意識に幸せだと思う夢を見るんだよ」
「うーん…?」
首を傾げる少女に向かって男は料金表を広げ、カウンター下から小さな缶を出した。
「うちは良心的でね。幸せな夢1粒につき500円。2粒なら900円。3粒なら1300円。寝る前にこれを飲むと、幸せな夢が見られる。」
缶を男が振るとカラコロと音がした。ジッと見ていた少女は慌ててがま口財布の中を確認する。
「300、400、500…円…。1個しか買えないです…」
「1個も買えるんだ。幸せな夢をたった500円で」
「確かに…!」
少女は顔を輝かせた。
「夢の中では、私は自由に動けますか?あの、夢だ!って思いながら好きなこと出来ますか?」
「明晰夢の事かな。出来なくはないだろうけど…夢から覚めやすくなる上に都合が良くなりすぎるからオススメ出来ないな」
「え、絶対良いのに…」
「夢だと思わない夢の方が案外楽しいんだよ」
金縁メガネを光らせて男は笑う。少女は少しだけ顔を曇らせる。
「あの。満足出来ない夢だったら返金してくれますか」
「返金対応は受け付けておりません。」
男は急に真面目くさった敬語を使う。
「こちらでお客様が見た夢の内容が確認できない以上、返金し放題になっちゃいますんで」
「ええ〜」
「幸せな夢というのは、奥深いものだよ。その時は幸せだと分からなくても、よくよく夢の要素をじっくり見ていけば幸せのヒントが隠れていたりするものだよ」
「そのヒントを見つけられたら、現実でも幸せになれるって事ですか?」
「そういう事。そしたら無意識に君が何を幸せだと感じているか、ハッキリ分かるかもしれない」
「ふーん」
「…と、ここの店主が言っていたと君のお友達に伝えてくれるかな」
「分かりました」
少女は考え込んだ顔をして、そして顔をあげた。
「なんだか、それで一旦友達を納得させられそうです。クレーム言わないように言っときます。ありがとうございました」
またガバリとお辞儀をする。
「あれ、君は買ってかないの」
「えーっと」
顔を上げ、少女は頬をかいた。
「返金対応は受け付けておりません!」
少女はニッコリ笑った。
男が不思議な顔をしている間に、少女はパタパタと店を後にした。
足音が消えた後、昔似たような薄水色のワンピースを娘にやったなぁ…とふと思った。
テーマ「my heart 」
今日の道徳は「自分の心について考えよう」。
「自分の心はどんな時に嬉しくなるか?」
あれかなぁ。
走ってる時かなぁ。
あ、ゴール決めた時だな。
あと夕飯が玉ねぎ多めのビーフシチューだった時。
「自分の心はどんな時に悲しくなるか?」
ゴール外した時。
あとあれか、林と喧嘩した時とか。
夕飯が肉モードの時に魚だった時。
「自分の心はどんな時に優しくなるか?」
優しくなる?
優しくなるかぁ〜。あ、猫を見かけた時。
…って書けば多分モテるな。
クククと笑いながらシャーペンを走らせる。
猫の落書きも書いておく。
「はい、じゃあ席を立って、自由に意見交換してくださ〜い」
先生の指示に従って、適当に机を前にやる。
広いスペースが出来たところで先生の手が鳴る。
「10分間!」
一旦林を探す。どうせあいつも俺を探す。
「青野ー」
「林お前何書いた?」
「何も」
「書けよ!」
「全部アドリブで乗り切る」
「道徳の事舐めてんのか?心のノートが可哀想だろうが」
「逆に真面目に書いたんだ、気になる」
「あ、これどう思う?猫」
「ブサイクすぎるだろ」
「うわコイツやったわ。猫を見て優しくしないとか」
「体消して顔だけの方が可愛いと思う」
「あ、なるほど?ほーん」
「んじゃ」
消しゴムで猫の体を消しながら移動する。
よし、実験台は経た。流石メガネいつも光ってるだけあるな。
「紫村〜」
「何?」
「いや、何て。意見交換しよ!」
「まあいいけど」
紫村の肩まで伸びたおかっぱヘアが揺れる。
いつ見てもむっちゃ綺麗に切ってるなと思う。
「これ俺のやつ」
「これ私の」
「へ〜……」
結構ちゃんと書いてんなぁ〜てか字綺麗すぎね?
急に俺の字が見られるの嫌になってきたんだけど。
「でも青野前に逃げてたよね」
「え?」
「猫から」
「逃げて…え?逃げてねえよ多分」
「ダサ」
「勘違いだよそれ!逃げる理由ないもん!」
気づいた時には紫村は背を向けていた。
紫村は重大な勘違いをしている。変に言いふらされる前に撤回しなくては。
追いかけようとしたらお下げ髪が前を割った。
「青野〜…くん」
「ん?」
「見せ合い…」
「あ、いいよ。てかさっきの紫村の言ってたやつ聞いてた?あれ死ぬほどの嘘だからマジで」
「なんの事?」
「あ、ならいいや。ほらこれ俺の」
「私のこれ」
なんでアイツいつも俺に対して暴言吐いてくんのかなぁ。嫌い?もしかして。
「桃田はさ〜猫好き?」
「うん。あ、ビーフシチュー好きなんだ。へぇ〜」
「猫は?猫。これ」
「ホントだ。可愛い」
よし。
「ちょっとブサイクで」
「なんで桃田まで」
「アハハ!」
おさげの髪を揺らして桃田が笑う。
思ったのと違うけど女子が笑った…。
じゃ、いいか。
俺はニヤニヤした。
桃田の「自分の心はどんな時に嬉しくなるか?」を読んでいなかったことに気が付かなかった。
テーマ「ないものねだり」
「隣の芝は青いな話をしよう」
「つまんなそやな」
「隣の芝青いなと思ったら、となしばとなしば〜、あ、となしばじゃんって思うんだけど分かる?」
「そもそも隣の芝青いなんて思わんわ」
「最初はこの人の方がいい物貰ってて狡いなぁと思うんだけど、いざ自分が隣の芝に移ったら、元々自分が居た芝が青く見える事ない?」
「まぁ…それは分からんでもない」
「つまり、それって怖いよねと思って。隣の芝はずっと青く見えるんだよ。移り続けても、青いんだよ…」
「怖そうで怖くないちょっと怖い話やな」
チャットを打つ。
「怖いのってここからで、移った後で元の芝に戻れない事なんだよね」
「いつの間にホラーの話になったん」
「隣の芝は青いけど、軽率に移れないんだよ。これもとなしば話のミソでね」
「あんま、となしばって言うなよ。新種の柴犬か」
チャットを打つ。即既読になる。滑らかに返答が返ってくる。
「だから、まあ自分は今結構となしば中!」
「やろな。なんか伝わってきたわ」
「すごい良く見えてたけど、今はそっち側が羨ましい」
「相槌すらしなくなったもんな。ちゃんとこっちの話聴いとんのか」
「羨ましいけど、隣が青いままじゃいけないなって」
「聴いとんのかと聞いてんの」
「自分の芝も青いって思う努力もしようかなって!」
「話聴けや、泉田」
「じゃ、まあそんなとこだから!君もこっちが青く見えたら是非(笑)」
「こっちを青いと思えや!」
「※レスポンス回数が本日の上限を超えました。明日の20:00に回数はリセットされます※」
「君とか言ってんちゃうぞ、お前やろ!」
「※レスポンス回数が本日の上限を超えました。明日の20:00に回数はリセットされます※」
「関西弁使え!」
「俺の名前呼べやアホ!!」
「※レスポンス回数が本日の上限を超えました。明日の20:00に回数はリセットされます※」
「戻ってこいや…………」
透明な薄型のデバイスが、俺の手から滑り落ちた。
テーマ「好きじゃないのに」
青野はいつも教室の窓から鉄塔を眺めてる。
青野はいつも消しゴムのカバーを捨てる。
青野はいつも欠伸をしたあと目を擦る。
なんか今日は先生に怒られてた。
怒られたのに、笑ってた。
それでまた怒られてた。
「桃田、青野見て笑いすぎ」
「笑ってないけど、別に」
「笑ってんじゃん!」
青野は社会の時間が苦手らしい。よく途中で寝る。
青野は道徳の時間は真面目に話を聴いている。
青野はサッカーが上手い。足でポンポンポーンて、上手いこと蹴りあげるのも上手い。
「桃田、青野の事見すぎ」
「いや、なんか上手いなって」
「ふーん」
青野は家庭科が苦手だ。包丁使いが見てられない。
青野のカバンは汚れている。落書きも混じっている。
青野はいつも校門を抜けた後東の方に帰っていく。
青野はいつも桃田に見られている。
桃田はいつも青野を見ている。
「桃田、今日一緒に帰ろうよ」
「んー?ん~…今日はいいや」
「あ、そ」
桃田はこっそり青野の後を付けていく。
多分今日話しかける。
私は青野が何をするかばかりに気が取られる。
青野の事ばかり知っていく。
青野の事なんか、別に好きじゃないのに。