【良いお年を】
あけましておめでとうございます。
今年も私の書く文章に目を通していただいてありがとうございます。
これからも続けていきたいと思っていますのでよろしくお願いいたします。
個人的には『良いお年を』と言えば、続く言葉は『お迎えください』だと思っていました。
年末の挨拶としては『良いお年をお過ごしください』という形もあると知ったのは割と最近です。
この年齢になっても学ぶことは色々あります。
知らないことを恥じるより、積極的に学んでいきたいものです。
何にせよ、楽しいことが多い一年になると良いですね。
【みかん】
段ボール箱にいっぱいのみかんが届いても、ひとり暮らしでは食べきれない。贈答用などではなく、傷みやすい訳あり品なら尚更だ。
だからこれはみかんをカビさせて無駄にすることを防ぐためであって、バイト先の先輩に近付くための良い口実だなんてことは思っていないんだ……ほんの、ちょっとしか。
箱の中から見た目が良くて甘そうなやつを厳選して袋に入れた。それでも強烈に酸っぱいみかんが混ざってしまうのは仕方がない。そういうものが嫌いじゃないと良いんだけど。
潰れないよう、丁寧に運んだ。あとは先輩に渡すだけ。とはいえ、それが一番難しい。
バイト終わりの帰り際、どうにか先輩に話しかけた。
「あ、あのっ……!」
ふたりきりになってしまって緊張しすぎた。平静を装うことに失敗し、声が裏返った。恥ずかしい。顔が赤くなる。けど、先輩は笑ったりしない。やっぱり良い人だなぁ。すごく優しいんだよね。
「あの……先輩。みかん、好きですか?」
「みかん? 別に嫌いじゃないけど」
あっさりとした反応だった。残念ながら、大好きというわけではないらしいけど。
「まあ、あれば食べるよ。包丁がなくても剥けるから楽だしさ」
良かった。嫌いではなさそうだ。
「良かったら、これ、もらってください」
みかんが入った袋を先輩に差し出した。
「え? くれるの?」
「親の知り合いがみかん農家で、毎年訳ありのみかんを大量にもらうんです。こっちにも送られてきて、食べきれなくて」
袋を受け取ってくれた先輩は「ほんとにいいの?」と少し戸惑っていた。
「果物って、買うと結構高いのに」
「訳ありなので店では売れないやつだと思います。たぶん、スーパーとかに並ぶちゃんとしたみかんの方が美味しいんですけど……」
「いや、十分だよ。ありがとう」
眩しい笑顔に見惚れそうになって、慌てて表情を取り繕う。ううん、むり。たぶん今、挙動不審になっている。
「あ。そうだ。時々すごく酸っぱいのがあるんです。見分けつかなくて。その中にもあると思います、すみません……」
「いいよ、大丈夫。酸っぱいものは好きだからさ。じゃあ、いただいていくね。ありがと」
後日、先輩は笑いながら言った。
「もらったみかん、マジで酸っぱいのあるね。なんかもう『お前はすだちか!』って感じのやつ混ざってた」
「ああ、やっぱり。すみません、本当に」
「いいって。ちょっと楽しかったよ。店で買ったらあんなみかんは食べられないからね」
そう言って笑う先輩にまた見惚れた。
みかんが届いた時に連絡はした。
けれど、酸っぱいみかんのおかげで少し先輩との距離が縮まった気がして。正月に帰省したら、両親にはもう一度礼を言っておいても良いかもしれない。
【冬休み】
年末年始なんてイベントが盛りだくさんだし、ただでさえ寒くて体調を崩しやすいのに、冬休みってやつは短すぎると思うんだ。
風邪でも引いたらすぐ終わっちゃうし、下手をすると休み明けにぐったり疲れていたりするよね……
正月なんてもっと休もうよー。
【手ぶくろ】
私は背が高めだからか、手も大きい。毎年冬には今年こそ手袋を買おうかなぁと売り場を見たりするけど、女性用の手袋はサイズがあった試しがない。『大きめ』とか『伸びる』とか書いてあっても、大抵は窮屈で。ちゃんと買おうとするなら、最初から男性用のものを見ないとだめだろう。
私が手袋を買わないのは、サイズが無いことが理由じゃない。ほとんどの手袋はスマホが使えなくなるし、雪国に住んでいるわけでもないし、寒くてどうしょうもない時間帯に外にいること自体が少ない。なので毎年『本当に必要かなぁ、あれば使うけど耐えられないほどでもないよなぁ』と迷っているうちに、一番寒い時期はなんだかんだ乗り越えてしまっているのだ。
学生時代は自転車に乗ることが多くて、防寒しないと辛かったから、男性用の革の手袋を使っていた。風を通さなくて温かい優れもので、それなりに良い品だったはずだけど……捨てた記憶はないのに、いつの間にかどこかに消えてしまっていた。
覚えてはいないけれど、もしかしたらどこかで落としたのかもしれない。多いよね、手袋の落とし物って。
百合です。苦手な方はご注意ください。
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【変わらないものはない】
いつか捨てられるのではないかと、心変わりされるのではないかと、長い間ひそかに怯えていた。せめて法律が認める夫婦になれれば、例え紙切れ一枚だって多少は彼女を引き止める役に立つかもしれない。けれどそれも私たちには無理な話。この国では結婚は異性としかできないんだから。
愛されているという自覚はある。私だって大好きだ。一緒に暮らし始めて六年目、未だに朝の見送りにはキスをして、夜には出迎えのハグを交わしている。
「法律が変わったら結婚してよ」
少し冗談めいた口調でさらりとプロポーズされて、それでも私はまだ不安で。
「いつまで一緒に居られるのかな」
そんなことを言ったりした。
「ずーっと一緒に居るつもりだけど?」
当たり前でしょ、とばかりに、彼女はちょっと呆れたような顔をしていた。
「でも……状況も気持ちもいつまでも同じじゃないと思うし」
「それはそうだよ。昨日よりも今日の方が好きだもん」
いや、私はそういう意味で言ったんじゃないんだけど。
「変わらないものはないなんて思うなら、法律が変わる方を期待してたらいいじゃない」
「……それで、籍を入れるの?」
「そう!」
「今更結婚式とかしちゃうわけ? ふたりとも白いドレスで?」
「式はどっちでもいいかなー。その分、新婚旅行を豪華にするのもアリだと思わない?」
「まあ、悪くはないけど……」
でもそれは、あくまでも『もし法律が変わったら』という仮定の話だ。
「もー。なんでそんなに心配するの。私を信じてくれないの?」
「信じてないわけじゃなくて……自分にそこまでの価値があるかなぁって」
私の物言いに彼女はちょっとだけ腹を立てたらしかった。
「私の大事な人をけなすようなことを言わないでくれる?」
「それは……でも……」
「でも、じゃない」
彼女はぎゅっと私を一度抱きしめて、腕を緩めると優しげに笑った。
「そうだ、ココア作ってあげる」
「なんでココア?」
「弱気になってる時は甘いものと温かいものがいいじゃない。甘くて温かいなら最強でしょ」
暖房の設定温度を上げた彼女は、私に上着を一枚着せてから、キッチンに立った。すぐに甘い匂いが漂ってくる。
だけど、焦ったような「あっ!」という声がして。
「ねー、マグカップ洗ってなかった。手を離したら吹きこぼれるし焦げちゃう。お願い、これどうにかしてー」
私は思わず笑ってしまった。一旦火を止めればいいのに、それを思いつかないらしい。
仕方ないなぁ。
私はそっと彼女に歩み寄り、後ろから腕を伸ばして火を止めた。
「あ。そっか。止めたら良かったんだ」
「意外とうっかりしてるよねぇ」
「ごめんごめん」
結局、マグカップは私が洗ったし、ココアを注ぎ分けたのも私だった。
「うん、美味しい。やっぱり鍋で作ると美味しいよねぇ」
彼女が得意げに言うから「ほとんど私がやったと思う」と指摘した。
すると、彼女は笑って言った。
「そうだよ。私の彼女は有能でしょ。これからも一緒に居てよね。ひとりじゃココアも用意できない私のために」