るね

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【みかん】



 段ボール箱にいっぱいのみかんが届いても、ひとり暮らしでは食べきれない。贈答用などではなく、傷みやすい訳あり品なら尚更だ。
 だからこれはみかんをカビさせて無駄にすることを防ぐためであって、バイト先の先輩に近付くための良い口実だなんてことは思っていないんだ……ほんの、ちょっとしか。

 箱の中から見た目が良くて甘そうなやつを厳選して袋に入れた。それでも強烈に酸っぱいみかんが混ざってしまうのは仕方がない。そういうものが嫌いじゃないと良いんだけど。
 潰れないよう、丁寧に運んだ。あとは先輩に渡すだけ。とはいえ、それが一番難しい。

 バイト終わりの帰り際、どうにか先輩に話しかけた。
「あ、あのっ……!」
 ふたりきりになってしまって緊張しすぎた。平静を装うことに失敗し、声が裏返った。恥ずかしい。顔が赤くなる。けど、先輩は笑ったりしない。やっぱり良い人だなぁ。すごく優しいんだよね。

「あの……先輩。みかん、好きですか?」
「みかん? 別に嫌いじゃないけど」
 あっさりとした反応だった。残念ながら、大好きというわけではないらしいけど。
「まあ、あれば食べるよ。包丁がなくても剥けるから楽だしさ」
 良かった。嫌いではなさそうだ。

「良かったら、これ、もらってください」
 みかんが入った袋を先輩に差し出した。
「え? くれるの?」
「親の知り合いがみかん農家で、毎年訳ありのみかんを大量にもらうんです。こっちにも送られてきて、食べきれなくて」

 袋を受け取ってくれた先輩は「ほんとにいいの?」と少し戸惑っていた。
「果物って、買うと結構高いのに」
「訳ありなので店では売れないやつだと思います。たぶん、スーパーとかに並ぶちゃんとしたみかんの方が美味しいんですけど……」
「いや、十分だよ。ありがとう」
 眩しい笑顔に見惚れそうになって、慌てて表情を取り繕う。ううん、むり。たぶん今、挙動不審になっている。

「あ。そうだ。時々すごく酸っぱいのがあるんです。見分けつかなくて。その中にもあると思います、すみません……」
「いいよ、大丈夫。酸っぱいものは好きだからさ。じゃあ、いただいていくね。ありがと」





 後日、先輩は笑いながら言った。
「もらったみかん、マジで酸っぱいのあるね。なんかもう『お前はすだちか!』って感じのやつ混ざってた」
「ああ、やっぱり。すみません、本当に」
「いいって。ちょっと楽しかったよ。店で買ったらあんなみかんは食べられないからね」
 そう言って笑う先輩にまた見惚れた。

 みかんが届いた時に連絡はした。
 けれど、酸っぱいみかんのおかげで少し先輩との距離が縮まった気がして。正月に帰省したら、両親にはもう一度礼を言っておいても良いかもしれない。



12/30/2024, 3:15:08 AM